船出にそなえる軍議がおこなわれたら
- カテゴリ:仕事
- 2013/09/13 09:55:23
逃げるように離宮の奥を目指した。
真中の庭は、離宮の中央にあった。
この地にもともとあった小川を引き込んだ造りで、引き込まれた水は、美しい流れを描くように人の手で掘られた窪みを、さらさらと音を立てて流れている。川筋に馴染むように大岩が置かれて、昼間に出かけた峡谷に景観を似せていた。
大岩の下や、大きな樫の木の根元などを覗きこみながら庭を進んでいると、声を聞きつけた。高比古の声だった。
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(誰かと話しているのかな?)
声を頼りに、行く手の景色を遮る木立や岩をよけて進む。
でも、その庭には、高比古のほかに誰もいなかった。
高比古は、狭霧の背よりも大きな岩に背中をつけて、あぐらをかいていた。彼ははたから見ても不機嫌で、目を閉じたままぶつぶつといい、何度も姿勢を変えていた。
「ああ――。それくらい大したことない。いまのうちに慣れておけ。――なに? 大勢の前に立つと、足が震えるだと? おまえなぁ――立つこともできないのか? おれの代わりに、そこでそいつらに命じろっていわれたら、どうする気なんだよ……」
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(独り言? ――じゃ、なさそうだな……)
周りに人の気配はないが、高比古は、誰かと話をしているようだった。
邪魔をしないようにと、狭霧は少し離れた場所で足を止めた。とはいえ、狭霧が足を止めたのは、高比古の真正面だ。目さえあければ必ず目に入る場所だが、高比古は狭霧に気づかないまま、鬱陶しそうに誰かを叱りつけた。
「馬鹿、おれのふりをしてそこにいってるくせに、おれに恥をかかせるような真似をするな! ――だから、焦るな。だいいち、誰もそこまでおまえに求めてない! ――酷いことをいうなって……事実をいったまでだろう? もう知らん。一人でやれよ。――いやだ、もういい。うるさい、一人でやれ!」
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最後、怒鳴るようにして話を終わらせると、高比古はぱっと目を開けた。
目を開けても、高比古はしばらくうつむいていた。
何度も息をして苛立ちを静めてからようやく顔を上げて、正面に人がいることにいま気づいたというふうに、ゆっくりと目線をあげていく。
狭霧の沓(くつ)や、足首まで垂れる鮮やかな色の裳を目で追って、目と目が合う。でも、高比古はすぐに目を逸らした。
(あれ?)
肩すかしを食ってぽかんとする狭霧と同じくらい、その後すぐに、高比古は大仰に驚いて見せた。間違いに気づいたとばかりにはっと顔をあげて、目を丸くした。
「狭霧か? 別の人かと思った――」
一度目を逸らしたのは、狭霧ではない別の姫だと勘違いしたからだ。
たしかに、髪の結い方や飾りや衣装は、普段自分では絶対に選ばないものばかりだ。恥ずかしくなって、狭霧は、顔を隠すようにうつむいた。
「う、うん。香々音がやってくれたの。すごいね、越の人――。ごめん、邪魔したね。誰かと話していたでしょう?」
「いいよ。済んだ」
「今話していた相手は、佩羽矢(ははや)さん?」
「ああ。今、港にいて、船出にそなえる軍議がおこなわれたらしい。今回の船団は大きいから、びびりやがって――」
「佩羽矢さんにとっては、初陣だものね」
佩羽矢は、高比古の影となることを望み、自分の命を形代(かたしろ)にして、高比古と目や耳を繋げる力を得たのだとか。
仕上がりを試すのだといって、阿伊(あい)へ向かう道中にも、高比古はその力を使って何度か佩羽矢に話しかけていた。
これまでのところ、仕上がりは上々。神野(くまの)と意宇が「これなら他にも使い勝手がある」と、別の使い道を思案しているとかで、高比古はそれに「おれで試すなよ」と文句をいっていた。