Nicotto Town



『愚者妄言(ニューワールドオーダー)』

『愚者妄言(ニューワールドオーダー)』

「……はあ」

 つぐみは、一人取調室でため息をついた。

 さっき、「ちょっと待っていろ」と言われてから、数時間が経った。部屋の外からはばたばたと忙しない人の足音がひっきりなしに聞こえている。
 どうも、何か起こったらしい。
 断片的に聞こえてくる緊迫した人々の声は、ネズミがどうしたとか言っている。

 ネズミ。動物の鼠のことじゃないよね、やっぱり。
 つぐみには心当たりがあった。自分を取調室に連れてきた張本人、目つきのいやらしい小太りの男がネズミと名乗っていた。上司らしいが、初めからつぐみはネズミに対していい印象を持っていなかった。
 律子さんを初めとして、風紀会で会った人、皆いい人ばっかりだったのに、あの人はいきなり嫌いになっちゃったな。
 つぐみは思い出す。

 それにしてもつぐみにしてみれば、同じ風紀会所属とはいえ会ったこともない秀雄が事件を起こしたよりも、仮入部同士で少しとはいえ話したことのある黒木が事件に関わっていたことの方がショックだった。
 話した時は、普通の人っぽかったのに。
 自分には人を見る目がないのだろうか、とつぐみは悲しくなる。

 けれど、つぐみが一番信頼していた律子は、さっき会いに来てくれて、抱き合ってそして泣き合ってくれた。
 友達だと信じていたクラスメイトは、虎も夏彦も会いに来てくれて、そしてつぐみのために動いてくれるといっていた。
 何度か会って、いい先輩だと思っていた秋山は、虎と一緒に調査してくれるという。ちょっと、虎に頭が上がらない様子なのが妙だったが。

 ということは、自分の見る目はそこまで信頼の置けるものではないが、絶望するほどのものでもない、くらいだ。
 そうつぐみは納得する。

 それにしても暇だった。昼食すら出てこない。

 つぐみは次第に、自分が一人でここで待つばかりなことに罪悪感を抱き始めていた。自分を助けるために尊敬する先輩も友達も、必死で足掻いているというのに。
 午前中のように尋問なり取調べを受けているなら、まだそういう気持ちも紛れたが、正午を過ぎてからつぐみは完全にほっとかれている状態だ。

 ――何か、できないかな。

 つぐみはいつしか、真剣に考え始めた。
 自分が今、何をできるかということを。

 ふと、ずっと取調室の片隅に立ち、つぐみ同様に暇そうにしている取調官でもあった男子生徒と目が合った。もう取り調べる内容がなくなってしまった男子生徒は、取調べが終わったその後にもこの取調室に残され、つぐみの監視という明らかに詰まらない仕事を押し付けられたことで腐っていた。今にも舌打ちしそうな顔をしている。
 気持ちは分かるけどね、とつぐみは思う。
 だって、外で大事件の調査を皆してるのに、自分は明らかに何も知らなそうな女子生徒のお守りだもんね。

「あの」

「……何か?」

 ため息混じりに男子生徒が返事をする。
 いくらなんでも態度が悪すぎる、とつぐみは憤慨した。

「ひとつ、思い出したんです、事件について」

「――何?」

 男子生徒の顔色が明らかに変わる。外で右往左往している仲間の鼻を明かせる、そう思ったのだろう。
 現金な人だな、とつぐみはまた憤慨するが、それを表情には出さない。

「何を思い出したんですか?」

 ぐい、と男子生徒は顔を近づけてくる。

「う、そ、その前に約束してください」

 その迫力に気圧されながらも、つぐみは必死で虚勢を張った。

「あたし、どうしてこんなことになったのか、よく分かってないんです。だから、そ、その、あたしが言ったらそっちもこの事件のこと、教えてください」

「あ、ああ、もちろん。もちろんですよ」

 にっこりと笑うが、男子生徒の笑顔は不自然極まりない。目が笑っていない。あきらかに、余裕をなくしている。
 そんなに仲間を出し抜きたいのかな、とつぐみは不思議になってくる。

「というか、あなたが話すなら、あなたをここに閉じ込めておく必要もないですからね。すぐに出してあげますよ」

 どう考えても嘘にしか思えない文句を吐く男子生徒を見て、つぐみは彼が自分の監視という重要度の低い任務についた理由が分かった気がした。

 とはいえ、つぐみにとっては好都合だ。

「じゃあ、約束ですよ。あたしが事件について思い出したことを話したら、そっちも事件について話してくれるし、あたしをここから出してくれるんですね」

「ええ、だから、早く、お願いします」

 男子生徒はよだれをたらさんばかりだ。

「分かりました。実は、あの事件についてですけど――」

 ごくり、と男子生徒は唾を飲み込んだ。

「思い出したんです。あの事件があった時刻、あたしは寮の自室に一人でいたって言ってましたけど、一度飲み物を買うために寮の入り口の自動販売機まで行って、そこで隣の部屋に住んでいる人とすれ違いました」

「――は?」

「名前までは分からないですけど、いつも朝会うことが多くて挨拶してますから、訊いてもらえれば証言してくれるはずです」

「なんだ、そりゃ」

 吐き捨てるように男子生徒が言った。
 男子生徒からすれば、事件解決のヒントをもらえると思っていたのに、つぐみのアリバイについての話だったから当てが外れたのだろう。あからさまな態度だった。
 そもそも、裁判での暴動事件は、つぐみが実行犯でないことは明確なのだから、つぐみのアリバイの有無が一体どれほどの意味があるだろう。

 とはいえ、つぐみはふざけてこんなことを言ったのではない。
 午前中、事件発生時に自分が一人で自室にいてアリバイのないことを目の前の男子生徒にねちっこく問い詰められたのだ。おそらく、取調官である男子生徒にしてみれば、つぐみを威圧するための大して意味のない質問だったのだろうが。
 そして、さっきまでの暇な時間に、事件に関係あることを何とか思い出そうと四苦八苦した結果、思い出したのがジュースを買ったこと、そして隣人と会ったことだった。
 さっき、しつこく質問されたアリバイについて思い出したから教えた、ただそれだけのことだった。

「こちらは話しました。お願いです、まずは事件のことを教えてください」

 だが、つぐみの頼みに男子生徒は鼻を鳴らすだけだった。
 そんな約束などしるか、といったところだろう。

 だが。

「約束、しましたよね?」

「――ぐっ!?」

 その時、男子生徒は顔を歪めた。
 自分の口が、自分の意思とは無関係に動こうとするのに気づいて。

 男子生徒の舌が、勝手に痙攣しだした。口はゆっくりとだが開こうとしていく。

「約束を破ったら、舌を噛み切ることになるから、止めた方がいいですよ」

 気の毒そうにつぐみは言った。
 そうなって欲しくない、と言いたそうに。
 そうして、それは事実だった。つぐみとしても、間違っても自分の前で人が死んで欲しくないのだ。
 だから、自らの限定能力も説明した。

「あたしの限定能力は『|愚者妄言(ニューワールドオーダー)』です。能力を発動中にあたしと約束したら、その約束を破った人は舌を噛んで死んじゃうんで、気をつけてください」

 つぐみが言うと、男子生徒は、おそらく恐怖から、目を見開いて震えだした。

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2013/08/13 17:24

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