窓から
- カテゴリ:自作小説
- 2018/08/14 13:13:50
「手術ならうけない」
「命がかかってるんだぞ」
「死に場所くらい自分で決める。それにあんたはなんか信用できない」
「…なぜだ」
「自分の胸に聞いてみるといい」
ぼくは外科の医師だった。
これまで多くの難手術を成功させてきて、院内でも随一の腕を持っていると自負していた。
一方、相手の男は著名な宗教家だという。がんで入院し、手術の必要ありと判断した。
「あんたからは血のにおいがする。そんな奴を信頼できない」
最後はそんな捨てゼリフまでもらった。
午後は緊急手術だった。患者は小学生の男の子で腎臓の病気だったが、ドナーが脳死状態になったことを受け、緊急的に移植手術に踏み切った。
ドナーから高速で腎臓を摘出すると、患者の腎臓も同じく摘出し、ドナーのものであった腎臓を患者の体内へと繋ぎ止めていく。
周りから息を飲む雰囲気が伝わってくる。
「…素晴らしい」
「なんて鮮やかなんだ…」
大手術だったが、日が沈むころには成功に終わった。
「先生、本当にありがとうございます!」
男の子のお母さんは涙を流しながら頭を下げた。
「いえ、私よりドナーに感謝してあげてください。彼も喜ぶはずです。」
「ほんとうにそうか?」
男の子のお母さんが去ると後ろから不意に声をかけられる。
例の宗教家の男だった。
「俺には聞こえる。ドナーの泣き声が。なぜ自分は死んであの子は生きられるのかと。あの腎臓は呪われているぞ。」
「何が言いたい?」
ぼくはあくまで冷静に答える。
「簡単だ。あんたら医師は本来死ぬはずだった人の運命をねじ曲げてるんだよ。そんなことができるのは神じゃなければ『悪魔』だ。」
「…!」
そう言うと男は立ち去っていった。
「まだ手術を受ける気にならないのか」
「…言ったろ。死に場所くらい選ばせろ。どうせ悲しむ存在もないんだ」
明らかに衰弱しているが、男は頑なに手術を拒んだ。そうこうしているうちに、がんもどんどん病巣を広げていっているに違いない。
「禁忌を侵して助かっても、決して幸せにはなれない」
「神も悪魔もいない。患者が生きたいと願う、医師はそれを手助けしてるに過ぎない」
「じゃあ聞くがさ、俺がここで死ぬ運命だとして、もし助かったらここから先の人生はなんなのかな」
「生きていれば幸せになるチャンスなどいくらでもある。死んだらそれがない。これだけで充分だろう」
「そうか、なら任せよう」
緊急手術の合図だった。
切開して分かったが、男の内臓はがんが転移し放題だった。胃はほとんどを切除しなければならず、執刀医の技術的にも、患者の体力的にも非常に難しい大手術になった。
「上等…!やってやる!だからあんたも耐えてくれよ…!」
「やあ、馬子にも衣装だなぁ」
一年後、男は退院し、就職もしたという。スーツで現れた。
「先生がせっかく生かしてくれたんだ。無駄にはしないよ」
恥ずかしそうに言う。
「死にかけてやっと分かったよ…。運命は自分で切り開くものだと。」
「そうだな。結局、医師は手助けしか出来ないんだ。」
「これからは一生懸命頑張るよ。」
「ああ。そうこなくちゃ」
新緑の芽吹く季節のことだった。
おわり
短い言葉達の中に 沢山のあかささんの思いが詰まっていて
本当はコメントしないほうがいいのかな~ってなんども思いましたけれど
やはり読ませていただいたということで記していきますね
宗教家の男性の言い分もよくわかります 私も昔は そう思ってましたから
「結局医師は手助けしかできないんだ」の言葉は深いです
医師に限らず 人は 人の生きていく力を
そっと後押ししてあげることしかできないのでしょうね
あかささんのお話は とても優しくて味わい深いです
これからも 沢山読ませていただきたいなと思います
どうぞよろしくお願いします(^^)/