Nicotto Town



いつもの二人

目があった瞬間、気づいた。

街中の雑音が消え去り、時は水を打ったように静止した。

世界は見つめ合う二人だけのものになり、

まるで魔法にかけられたように動けなくなる。


「「あの…!」」
沈黙に耐えられず、お互い声を上げる。

でもその後は続かず、交差点の信号は無情にも点滅し始める。

渋谷駅前のスクランブル交差点のほぼ中央。
2人にとっては確かにここが世界の真ん中だった。

先に動いたのは彼の方だった。
想いを無理やり断ち切るように早足で雑踏へと消えていった。

梨花は慌てて交差点を渡ると、彼の消えていった方向をいつまでも眺めていた。


自分は呪われているな。梨花はそう考えていた。

中学生でイジメに遭い、抑鬱と診断されてからは本当に不幸なことばかりが起きた。両親はケンカが絶えず、梨花自身も父親のDVに遭っていた。

高校卒業と共に飛び出すように家を出たものの、東京では日々生きるのが精一杯で、派遣社員として、毎日馬車馬のように働いては泥のように眠るという生活を繰り返していた。

でもそんなことすらどうでも良くなった。
自分はあの瞬間のために生まれたのだ。
そう考えればあれだけ恨んでいた両親に感謝の気持ちが溢れた。

彼のことは今でも鮮明に思い出せる。作業着には「大塚建設」と刺繍がされていた。梨花ですら知っている大手建設会社で、渋谷駅前の再開発を請け負っている会社だ。

また会える!いや、会ってみせる!


渋谷駅の現場内にある、プレハブ作りの事務所。大塚建設の社員が常駐している場所だ。
仕事帰りの梨花はすでに2時間近く彼の出待ちをしていた。でも苦痛ではなかった。事務所のドアが開くたび、胸の高まりが抑えられなかった。

「あ、きた!」

スーツ姿で真っ直ぐこちらに向かってくる。

「あ、あの…!」
すかさず声をかける。
「あっ!君は!?」
「はい!私です」
緊張で自分でも何を言っているのか良くわからなかった。

彼は驚きと嬉しさが半々の表情で梨花に言った。
「まさかまた会えるとは…。お茶でもしてく?」
「ぜ、ぜひ!」

彼は修平と名乗った。
ゼネコンの監理技術者で、所内では中々の立場らしい。年齢もそれなりに離れていて、年の離れた兄妹のような感じだった。最後には連絡先を交換して別れた。

なんてことはない会話だったが、もしかするとここ10年で一番楽しかったかもしれない。彼は硬派な感じではあったが、たまにはにかむような表情がとても印象的だった。

そこからはあっという間だった。
出会った2人は瞬く間に恋に落ちていった。

何度もデートに行った。
知れば知るほど相手に興味が湧いてきて、昨日より今日、今日より明日の方がお互いの愛が強まっていった。

出会ってから1年ほど経ったころだろうか。
ちょうど職場で、昼食をとっていた私はいつものように、修平さんに連絡を試みた。

ほぼ毎日のように電話で話していて、仕事中以外は即返信があるため、しばらく沈黙していたスマホに何か嫌な予感がした。

そして、帰り際に嫌な予感は的中した。
彼のご両親から、彼のスマホを通して、彼が現場で事故に遭ったことの連絡があった。

急いで病院に駆けつけると、彼は脳挫傷による昏睡状態だった。

「修平さんっ!」

ご両親もいたのに思わず叫んでしまった。

彼は目覚めなかった。
梨花は毎日のように会いにいったが、彼は梨花の声に応えてはくれなかった。

それから2カ月して、梨花は夢をみた。
前半は修平と出会う前の地獄のような日々、後半は修平と出会った後の輝かしい毎日。そして、最後には彼は梨花のもとから去っていってしまう。梨花は何度も修平の名を呼び、手を伸ばすが、無慈悲にも修平はいなくなってしまう夢だった。

結局自分には元の世界の方がお似合いなのかも知れない…。そう考え至って、絶望し、立ち尽くしているところで目覚めた。

目覚めるとそこは病院だった。
毎日働きづめで、遅くまで病院に通い詰めているため、疲労が溜まったのだろう。

眠りながら泣いていたらしい。
顔は涙で化粧が落ち、グシャグシャになっていた。

もう病院に来るのは今日で最後にしよう。
夢のような時間は終わりを告げた。
元の世界に戻らなきゃ…。

ノロノロと立ち上がると、バックを肩にかけ、ドアノブに手をかけた。

その時。
「梨花」
そう呼ぶ声が聞こえた。

「修平さん…?」
ゆっくり振り返る。
「ひどい顔だな…」
「修平さんっ!」
たまらなくなって梨花は修平に抱きついた。

「君の呼ぶ声が届いたんだ。あまりに悲壮なもんでこのまま死ぬわけにはいかないと、慌てて戻ってきたよ」
「もうどこにも行かないで!」
「もちろんだとも。君を置いてなんていけるか」


「修平さ〜ん!歩くの早い!」
「そうは言ったって、映画始まっちまうぞ」
「ひど〜い!置いてかないっていったじゃん!」
「わかったわかった」

終わり




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