Nicotto Town



歯車(小説)

きっと僕は自ら求めていたんだろう。
完璧でくだらないこの人生を狂わせてくれる何かを。

僕は幼い頃から大抵のことはできた。有名な旧家に生まれ、様々な習い事をしたが、できないことなどなかった。

しかし、成長するにつれて、世界に対して心が冷めていってるのが分かった。何に対しても熱くなれない。そりゃそうだ。生まれてから死ぬまでの人生全てが決まってるのだ。物心ついた頃には婚約者まで決まっていた。そしていずれは古くから続く会社の跡取りとなり、人生の幕を閉じる。

一体だれのための人生だろう。少なくとも僕のものではない。

社会人になる頃には、しかし、そんなことさえもどうでもよくなっていた。まるで機械だな。僕は思った。

そんな機械の歯車が狂い出したのはいつだっただろうか。ああ、そうそう。

当時、会社の業務は多忙を極め、世界中を飛び回っていた僕には休みがほとんどなかった。しかし、それでよかった。たまの休みはやることもなく、まるで夢遊病患者のように街を徘徊していたからだ。思えば藁にもすがる思いで生きる意味を探していたのかもしれない。

始めはわずかなきしみだった。
「ちょいと、お兄さん」
いかにも胡散臭そうな女占い師に呼び止められる。
「時間があれば、ちょいと見せてもらえないかい?」
「構わないが、何がわかる?」
「なんでもさ。知りたいと思ったことね。」
生年月日と名前を告げる。
「こりゃー驚いた!相当強い運の下に生まれてきたね!」
「…。」
「それで?金運?恋愛運?何を占おうか?」
「必要ない。占わなくてもわかる。」
「…へぇ〜」
ニヤリと口元を歪める。今になって気づいたが占い師は若かった。僕よりも若いだろう。
「完璧。かつての偉人たちにも勝るとも劣らない運を持っている。お兄さんは大成するよ。ただね…」
そこで、彼女は一呼吸あけるとこう言った。
「彼らは幸せだったのかな。偉人たちの最期は、悲愴なものが多い。社会のため、人類の利益のため生きた彼らは死の間際に何を思ったのか…」
「では、どうしたらいい?」
「これを渡しておこう。」
それは綺麗な砂時計だった。
「いつも持ち歩くんだよ」
そういって、占い師はいそいそと店じまいを始めたので、立ち去るしかなかった。

そして、次のフライトで僕は国際警察に逮捕された。なんてことはない。砂時計の中身が麻薬だったのだ。

家や会社は僕と無関係を装うために、容赦なく縁を切ってきた。

保釈金を払った僕は…

全てから解放された。今まで僕を縛っていた歯車は全て消えた。この瞬間、僕は初めて産声をあげたのだ。今までと何ら変わらないはずの街並みすべてが、美しく、愛おしく見えた。

僕は理解した。狂ってしまった人生が美しく、愛おしく見える。狂気ほど人を惹きつける。

本質は狂気に隠れている!

この物語はこれでおしまい。

その後の僕がどうなったかっていうと、狂気に惹かれ、オカルト雑誌の編集者になり、そこでの腕を認められて、研究者としての道を進むことになった。

余談だが、そこで、素晴らしい女性と出会い、恋をすることとなる。

ただ、これはまた別の話。

おわり




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