Nicotto Town


ぽいじゅんのぽじてぃぶぽんちょ


クリスマスデスティネーション 第二章 第一節

白い壁紙よりも昔から、まるでそこにあったかのような味気ない壁掛け時計が夜の7時を指す。
都心の一等地にそびえ建つ、人々が慌しく動き回っているオフィスビルの一室。
絶え間なく鳴り響く電話の呼び出し音、飛び交う怒声。
書類を片手にデスクを行ったり来たりする女性がいた。
行く先々で何やら指示をしているようだ。
そんな彼女とは裏腹に、マイペースで自分の仕事をこなす
一人取り残された壁掛け時計をチラリと見る。

「もうこんな時間・・・」

ぼやいていても仕方がない。
今の自分にはやらなければならないことが山積しているのだ。
目の前の問題を解決させなければどうすることもできないのだから。
腹をくくればあとは行動あるのみ。
世間はクリスマスイヴだというのに何なんだろう?
と問いかける暇さえ自分にはなかった。
今日もまたトオルに謝らなければ。


トオルと出会ったのは、まだ桜が最後の力を振り絞って咲いていた少し肌寒い春のことだ。
あの頃私には好きな人がいた。
まだ地理がよく分からず迷子になった大学のキャンパスで
偶然出会ったその人を見た瞬間、雷に打たれ恋に落ちた。
運命の人だと思った。
名前も学年も分からないその人のことがもっと知りたくて、
やがて彼がテニスサークルにいることを知ったとき、
その日のうちに入部届けを出した。
そこでの新入生歓迎会がトオルとの出会いだ。
たまたま席が隣同士になったのだけれど、トオルはどちらかと言うと聞き役だったので
あまり話をした印象はない。
なんとなく一緒にいると落ち着きそうな人、それがトオルの第一印象だった。

リョウとは席が離れていた。
彼は2年先輩で多分誰が見ても格好良いと思える容姿だった。
後になって知ったのだけれど、自分以外にもリョウ目当てでこのサークルにいる人も多いようだった。
彼は無愛想で新入生にはまったく興味を示さず、仲の良さそうな人とだけ話をしていた。
笑っていてもどこか寂しげな瞳がとても印象的だった記憶がある。
結局その日彼とは一言も交わすことはなく、私はただ無駄に明るく振舞った。

昔からそういうところがある。
奇麗事とかじゃなく、自分のことより周囲を優先してしまう。
周りが楽しそうにしていればそれでいいと思えてしまう性格。
ユウコは悩み事がなさそうでいいね、なんてよく言われるが冗談じゃない。
悩みのない人がもしいるのなら、その人はとても可哀相な人だ。
この性格は多分幼い頃経験した両親の離婚が影響しているんだと思う。
自分の知らないところで、自分の大切な人が傷つき、そしていなくなる。
自分のせいじゃないとわかっていても、
自分がもっといい子でいられたなら二人はまだ一緒に暮らせていたかもしれない。
そんな“もし”を繰り返し自問自答したところで問題は何一つ解決されない。
過去をただ嘆いたところで今は、未来は変わらないのだ。
女手一つで育ててくれた母に苦労をかけまいと、精一杯いい子になろうと努力し
今の自分が出来上がった。
リョウにも似た空気を感じた。
彼の場合はとても不器用だったけれど。


                                       第二節 につづく




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