イヌガミ
- カテゴリ:日記
- 2010/09/08 09:56:56
ニコッとタウンの画面の右側にでる窓の一つに火の玉・イヌガミ・九尾のキツネとある。
これを見るたびに違和感だけではなく、ある種の恐怖さえ覚えてしまうのだ。
知っていてこれを書いたのだろうか、と言うことをだ。
日本文化の一面には憑き物と呼ばれる現象が深く関わって形成された分野がある。
それを恐怖小説に仕立てた板東眞砂子氏は、憑き物から逃れるために海外移住を果たしたのだったが、結果的には不思議な力に誘われ導かれるままに郷里の高知県に戻ってしまった。
憑き物というのはおろそかにできる文化ではないのだ。
イヌガミというのは徳島県(旧土佐藩)を中心に広く四国地方に伝承されている。
それを舞台に『狗神』を板東氏は書くことで、文壇の自らの位置を占めることとなった。
憑き物は強い影響を及ぼすのだが万人に幸福を与えるわけではない。
むしろ、一握りの人々には幸福をもたらすものの、多くは厄災の種であるだろう。
幸福をもたらしたからといって、それが永続的に続くことが保証されるはずもなく、その他大勢に突き落とされることなど少なくはないことなのだ。
土佐の犬神憑きはこうだ。
土俗の信仰として、何かにつけて犬神様に相談に行くのである。
この相談される側は犬神憑きといって、言うならばシャーマンである。
神からの啓示を相談者に伝えるというのだ。
より強い力を得るために、犬を殺して逆さに埋めるとか、生かしたまま犬を土に埋めて、犬の強い怒りや悲しみを憑依させるだとか、様々に伝えられている。
この犬神憑きはそのような家系であって、『筋』と呼ばれて、この係累との縁組みは非常に嫌われるのである。
この犬神様に相談をして、将来を占ってもらうには『地の底が抜けるくらい、天まで届くくらい』の貢ぎ物が必要だという。
この犬神信仰によって、いまでも殺人事件が起きたりする。
未だに、隠れて犬神詣でをして生活をしている人々も少なくないはず。
いくつかの出来事を語ることは難しいことではない。
しかし、それを書くことで、思わぬ不幸に見舞われる可能性を考えると、どうしてもこれ以上話を進められなくなるのである。
それに、想像すると怖いことだが、あるいはニコッとタウンのこれは、すでに犬神の憑依が始まっていることを意味しているかもしれないではないか。




























ユーラシア大陸から日本が流れ出た頃から、日本人は首狩り族の風習を持っていたわけで、それが様々な土俗の風習を生み出したと考えると、犬神の儀式も頷けないこともない。
自分の飼い犬って決まったわけじゃなく、その辺からつれてきて他人の犬を埋めたりするんだったと思う。
犬を首だけ出して地面に埋めて餓死寸前に首をはねるってやつ。
あとは木に縛って餓死させるって言うのも聞いたな。
木の周りの歩ける範囲だけ草が食われてるって見た事ある。
犬の「悔しい」とか「かなしい」とか負の感情を利用するって事らしいけど。
でもね、勝手な思いこみなんだけど・・
犬さんとか猫さんとか飼い主大好きなんだよ。どんな目に遭わされても。
だから「何でこんな死に方しないといけなかったの?」って思うくらいだと自分は思う。
だからこんな事をしてもお互いにただひたすら悲しいだけだと思うよ。
稼金蚕だっけ?あれ違うな・・・なんだっヶ?思い出せない・・・
最後には自分が儲けさせて貰った分に利息つけて捨てないといかんの。
狐憑きは稲荷信仰と密接に結びついていて、日本の原初的な宗教と言えると思います。
憑き物の習俗は、人間に具わっていたと考えるのが妥当でしょう。
世界のどこの地方のどの民族にも、そのような伝承があるようですからね。
以前にいくつかの図書館に通って憑き物について調べたことがありますが、神経質になるほどまでではないけれど注意する必要のある分野のように感じました。
私は、妖怪の登場するマンガや小説が好きです。
いつも何も考えずに読んでいるけれど、このような話を聞くと、
「簡単に読んじゃっていて、いいのかな?」なんて思います。
怖いことです。
「狐憑き」は聞いたことがあるけれど「犬神憑き」は初めて聞きました。