酒と酒場と女と本と…
- カテゴリ:日記
- 2010/10/09 14:45:17
1935年10月10日生まれの作家倉橋 由美子さんは、あるエッセーの中で次のように書いている。
子供の時分、六歳から七、八歳にかけて、身内の者が連続して亡くなり、その時、はじめて冷やの日本酒を口にした。身内の者たちが骨に口に含んだ日本酒の霧をふきかける習慣があって、わたしたち子供も、それをやらさせられたのだったが、口に含んだお酒は霧となって唇からもれず----中略----すなわち、咽喉を下るのであった。水のように微かに甘く、冷たく咽喉を、すうっとながれた。
その時、お酒が本当においしいと思ったのは、なぜだったろうか。
倉橋さんはその後の初七日三七日、四十九日の法事に飲んだものは、匂いが鼻にむせて、味は苦いと書いている。
酒には、子供の舌にでも解る、うまいまずいがあるのだ。
私は、高校時代からしばらくの間、バプティズムを受けたキリスト者であった。
小学生あたりから、ちょっとは飲めていた酒を、そのしばらくの間は口にしなかった。
宗教を求める心は、生死に関わることを前提とする。
多くの近代的宗教は飲酒を罪のひとつに位置づけていることが多い。
どうしてなのだろうか?
酔って行う行為を忌むものとしたからだろう。
キリスト教を含めて、原初的な宗教の時代には、酒は神聖なものだった。
酒には魔力があるとされて、それによって未来が開けるという思想は、けっして珍しいものではない。
神への奉納は、いずれの地でも酒はひとつの手段となり得ていたのである。
いつから、近代宗教の中に酒が忌むものとなってきたのか?
*****いったん中断
もう少し書き進めますので、しばらくの時間後猶予ください。




























地価の問題で東北地方が安価なところが多いために、良い場所を教会が入手できているのじゃないでしょうか?
キリスト教は大きく変質したのです。
少なくも、キリスト教というのは後世になって名付けられたわけです。
キリスト生誕から以後のしばらくはユダヤ教をベースにした新興宗教でしかありませんでしたから…。
青森出身(だと思う)ニコ友さんもクリスチャンです…
キリスト教と聞くとぶどう酒が思い浮かぶんですが
長い年月の間に後世の人が変えちゃったんですね。
今はとんでもない事ですがww
続きを楽しみにしています!