我が美人論
- カテゴリ:日記
- 2010/12/10 15:09:31
仕事の、あるいは生まれた家の関係で、半分は女性に携わってきた。
女偏の仕事が多かったのだ。
女偏の漢字などというのはそうそう仕事に関係のない妖しい文字が多いのだから、事実とは違うなどと目くじらを立てないで欲しい。
女性専科のファッションや美容系の仕事を業界ではそう言うのだ。
繊維産業を糸偏というのに対する、若干揶揄した言い方だと聞いたことがあった。
メイクは多いときで一日で20~30人程度はこなしていたが、四国のある店に勉強がてら伺ったときには、3日間で延べ人数400人くらいの顔を作った。
もちろん一人ではできはしない。
化粧品メーカーの美容部員が、あのときは1日7名位ついたのだっただろうか。
高名な腕の良いのが一人いたから、残りの6名はアシスタント代わりだった。
流れ作業的に、彼女たちがフェイシャルから下地まで作ってもらった上で、ファンデーションから頬紅、アイメイク、口紅を仕上げていくのだ。
その化粧品メーカーの四国では一番大きいという倉庫の口紅の売れ筋のものがほとんど売れてしまったという伝説を作ったのだった。
お祭り大好きなので、あちこちの店のイベントに押しかけて、ファッションアドバイス(もちろん販売も伴う)、メイクなど何でもやった。
ちなみに、当時メイクアップからファッションデザインまでやったのは自分一人だと思う。
ヘアはやらなかった。
全身美容もやれた。
整体術の、ある協会の資格もある。
だから、女性の顔から身体まで自由自在に触って補正し、理想を作ろうとした。
絶世の美人のような、スタイルも顔も恵まれている女性などは何人もいた。
常に周りには、言葉が変だが、女性が居なくては仕事にならないわけだ。
東京新宿の同業者から北は青森の方まで、仙台近くの片田舎まで、購買とアドバイスを受けに来店してくれたのだから、知る人ぞ知る存在だったことは間違いがない。
可能性のある女性を育てたいと、数人は中学生くらいからプロポーション作りとか教えていた。
できるなら、コンテストで優勝するくらいの、しかも美容整形などで作られたコンテスト美人ではない本物の美人を作りたいと思ったのだった。
本物とは、立ち居振る舞いから表情まで、洗練され、存在を肯定される者をそうだと思う。
10人中に9人が美人だと肯定し、町を歩けば男性のほとんどが振り返ってみるくらいの自然な美しさを備えた女性が理想ではあった。
ある程度の成功はした。
高校2年くらいになると街頭で声をかけられて、雑誌に取り上げられたりするようなことは当たり前だった。
だが、残念なことに、それだけ目立つようになると、全員が男にひっかっかって、光を失ってしまうのだ。
私が思う完成を見ることはなかった。
女性が美しい時期はそれぞれある。
23歳くらいまでの初々しい美しさが、もっとも光っていると思うが、30歳くらいの時期の磨き抜かれた女性の成長期の美しさも捨てがたい。
少ないが、80歳代の凛とした佇まいの完成した女性を見たこともある。
年代それぞれに美しさは違うのだが、到達するべきところはひとつであるにちがいない。




























何を言えばよいか判らなくなった…
俺様は生まれた時から50年ずっと美しい
たぶん、死ぬまでずっと美しいw