草木染め
- カテゴリ:日記
- 2011/01/09 23:13:13
染織をするというのは前にも書いた。
たまにそのようなことを書くと、教えてくださいという方が居たりする。
実際に生徒さんのような人を、月謝で教えたりする母の手伝いをしたりもするので、教えるのはやぶさかではないが、ネット社会の常で、訊けば何でも無料で手に入るという風潮にはなじめない。
売り物を作る技術なのだから、無料では手に入らないし、そうするべきじゃないと思うところもある。
草木染めは古来からの染色法ではあるが、化学反応だけに新しい技法もあって、体系的に学ぶとなれば、基本からやらなければ理解はできない。
ところが、世の中にはタマネギで染めるとか、コーヒーで染めるなどと言うのが、いかにも手頃なように雑誌に書かれたりしていて、それはそれなのだが、染織とは言い難いものである。
染織の入り口には違いないのだろうけれど、まねごとにもちゃんとした商品を作りたいと思っている身には、理にかなわないと思うのだ。
草木染めに限って言えば、植物を煮出す容器はステンレスとかホーローのものでなければならない。
そうでないと、すでに煮出す段階で金属と植物の色素が反応して、思う色に仕上がらない。
もっとも、一般の方の楽しみにはそれでも良いのだろう。
あくまでも染織をするというのとは一線を画すものだ。
アルミ鍋とか鉄鍋で煮て嬉しいという他愛のない染め方で楽しむには、それ以上の技術もいらないし、必要でもない。
植物を煮るのに30分から1時間くらいをかけて、最初の色を煮出す。
そのあとに、改めて二度目を煮出す。
必要なら三度目を煮出す。
紅花などは一番目と二番目は使わないで三番目以降を使うのだ。
一番目と二番目は花の黄色が出るので、望む赤色を得るには三番目以降の煮汁を染め液に使う必要があるのだ。
近代的な染織には、媒染剤として金属溶液を使用して、化学反応によって色彩が堅牢に布を染めるようにするのである。
世の中には変わった方が居て、材料になる植物は、農家などが勝手に刈り取った雑草を使用して、どのような色が出るか判らないながら、商品として販売すると公言している方まで居る。
同じ植物を使って同じような量と時間をかけて染め上げても、一回ごとに微妙な違いが出るのである。
材料がなんなのか判らないで染めたものを販売に回すなどと言うのは、納得できかねるのは言うまでもない。




























逆に言うなら、道具があるとそれなりにものは仕上がってきます。
その道具を工夫するところから、おもしろいと思うのですが、半端になれてしまうと工夫もしなくなってしまいます。
製作するものには独自性が必要だと思いますが、工夫がなくなるとマンネリ化して独自のものが生み出せなくなってきます。
不思議なものです。
草木染めは動物性繊維を染めるのにむいているのですが、相手が生きているネコなどだと、煮るという作業工程ができないので、低温で染めることのできる植物染料を煮出して取って、その液に入れるか刷毛塗りするかだと思います。
動物を染めるというのは、かなり以前から行われていることで、おそらくエジプト・ローマ時代あたりから行われているような気がします。
1920年代に発行された犬の本で読んだ記憶がありますが、ページは分厚く、細かなアルファベットを読み直す気力はなくなってしまったので、原文を紹介することはできません。
日本でも、もっと古い時代のものだと、秋田県立図書館に収蔵されている江戸時代後期のものに犬についての記述があって、染めたものかどうかはともかく、犬の色の分類などがあったと思いました。
こちらも、コピーがあるはずですが、おっくうになってしまったので、その情報だけにします。^^;
動物用の染料は,いまはカラフルなものも多くなっていて、人間の髪染めのように、さまざまに染めることができます。
トリミングサロンの基本的な技術のひとつと言って良いと思います。
プードルなどをピンクに染めたりして、ファッション雑誌などに普通に掲載されていますし、シャンプーなどと同様の生体に負担の少ないタイプのものもありますから、チンチラシルバーなどだと三色とか四色などに染め分けることなども可能なはずです。
ウチにもチンチラシルバーが居ますが、私は染めたいと思いませんが…
それこそたまに、テレビや本などで作業工程を拝見するのですが、見ているだけで読んでいるだけで、
横着者のわたしには向いていない大掛かりな作業だとの印象で尻込みしてしまうのです。
そういうひとつひとつの工程を楽しめる方ならば、染物体験を楽しめることになるのでしょうね(^^;
話が変わりますが、染物というと、昔、幸田文が自宅で次々と染物をしていて、
ついでに飼い猫も染めてしまったという話を思い出してしまいますw
確か、娘さんの青木玉さんのエッセイに書かれていたと思うのですが、
意味もなく無性に猫を洗いたくなってしまうこともあるくらいだから、
染めてしまいたくなる気持ちもわかるような気がするのでした。
いまだったら、虐待だとかなんだとか言われてしまうのかなぁと思いつつ、
染められた猫ちゃんを想像してしまいました。
たぶん、チンチラを飼っていた頃の話ではないかしら。
安かろう悪かろうというものを歓迎する気分が自分にもあって、これで間に合わせようと言うのは、作るものにも反映してしまっては、そこは許されない一線ではないかと思っています。
紅茶染めも、もしちゃんとした染め方でやってみるというなら、それはそれで楽しいものですが、ときどき読む女性誌などに書いてあるものなどで、え~~~~~っと声を上げてしまうような変なことを書いてある場合があって、そういうのがなくなるように啓蒙する必要はあるのでしょうね。
道の駅などに限らないことですが、とある伝統工芸に属する郷土玩具の名前で、まったくの素人の人が作って販売しているものがあって、その偽物のほうが通ってしまっているような場合さえあります。
困った風潮です。
真っ白な布を染め、シシュウウを施したことがあります。
それを、パソコンを利用しない時、キーボードのカバーとして利用しています^^
エコロジーの関係か、「自然のものを使う」ということが多く、
道の駅などでも多く販売されています。
るもりゅうさんの言うとおり、何だかわからないものも販売されているのでしょうね。