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古銭

地方にいると趣味も限定される。
ある程度の都会なら、趣味もそれなりの先人が居て、後輩の面倒を見ながら教えてくれる。
田舎には、人数が少ないので、それなりの人がいても偏屈だったりと、気の合う同好の士を求めるには難しい。

20代の真ん中頃には、すでに骨董品や古銭やら切手などを収集もし、販売もしていて、楽しんでいた。
半分商売であるから、利益は求めるのだが、根が凝り性なので、商売ものでもつい自分のものにしておきたくなる。
けっこう貯めては、あ~だ、こ~だと参考書を見て実物と該当するものを探すのだが、これがなかなか苦労である。

本当なら皇朝12銭という、日本で鋳造し始めた頃の四角い穴の空いた古銭を集めたかったが、その頃には既に趣味の人たちが多くて、若輩者が割り込んで購入できるような金額とは違っていた。
古い中国銭をモデルに作った美しい硬貨で、最初に作られた古和同開珎は682年に作られたというのだから、もう1300年以上も前である。
中国や朝鮮半島でもそうだったらしいが、流通が始まると偽金作りも行われるようになって、質の悪いものも少なくない。

時代はずーっと下がってきて江戸時代あたりには、それぞれの大名家でも時々江戸幕府に届けを出さないで隠れて作ったというのだから、中央集権の政治は、改めて考えると、今と違わないようでもある。
偽金を作らなければ藩につとめている侍たちですら生き残ることができないほどだったと考えられるからだ。

米が給料の代名詞のように、石高でその一年の収入を表した国などは、日本だけと言っても良いくらいである。
だが、もちろんのことだけれど、江戸時代は天候や病気との闘いでもあった。
米が撮れなければ藩に住んでいる人は収入がなくなったのだ。
それで、偽金である。

偽金作りは大名家でもやったと書いたが、時にはその職人たちが、自分たちのために作ったりもした。
10年ほど前に、ついでがあったので、南東北をくまなく偽金を作ったと思われる場所を探してみたが、伝承だけでもう既に記録も現品もお目にかかれなくなってしまった。
それでも、本当にたまにではあるが、その偽金とおぼしきものを入手できたりすると、どのようなことが起きたのだったのかと妄想をふくらませて楽しむのである。

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