三本のマッチ
- カテゴリ:自作小説
- 2011/03/17 07:58:40
停電の夜だった。懐中電灯の明かりでカップ麺の夕食を食べ終えると、のんのは出がらしのお茶を飲み、そろそろ交換しようと電池を入れてある引き出しを開けた。弱々しい丸い光の中にがらんとした空間が浮かび上がった。電池は、もうない。
そうだった、一昨日入れ替えて、予備を買いに出かけたけれど、歩いて行ける範囲では全部売り切れていたのだった。忘れていた・・・
灯りは欲しい。しばらく考えて、長いこと閉めたままの仏壇に、ろうそくがあるのを思い出した。
扉を開けると、かび臭い臭いがただよい、安っぽい造花の陰に夏の暑さでゆがんだままのろうそくが見えた。
女と酒とギャンブルと借金、泣かされっぱなしだった夫にはこれでじゅうぶん。のんのは仏壇のしたの小引き出しを開けた。ライターはかちっと音だけ立ててつかなかった。オール電化で、落ち葉焚きさえできない暮らしで、火をつける物って、他にあったろうか・・・
小引き出しの奥を手で探ると小さな箱が触れ、取り出してみると古びたマッチ箱だった。どこかのバーで、夫がもらった物か、開けてみるとマッチ棒が3本。懐中電灯を傍らに置き、少し震える指で、マッチを擦った。
湿ってつかないかと思ったマッチは、シュッと軽い音を立て炎を上げた。暗い室内にオレンジ色の丸い空間ができ、その中に何か見えた。なんだろう・・・白内障で見にくい目を細めて見つめると、人影のようだった。三人いる?オトナと子供?左側の大きな影の後ろ姿は見覚えがあった。
「さよなら」と一言、去っていくのを目に焼き付くほど見つめたその背中。大好きだったあの人。横顔が見えた、間違いない。そして話しかけられたのか、右側の影が顔を向けた。若い頃の自分の面影を確かに見た気がした。マッチが消えた。
慌ててもう一本を手に取る。オレンジ色の光の中に浮かび上がったのは、かっちりしたスーツを着た自分。見覚えのある男の手から大きな花束を受け取っている。周りの人達が音のない拍手をしている。ああ、あれは結婚でやめてしまった会社の社長。定年まで勤めて、立派に職責を果たしたのんのがいた。マッチが消えた。
これが最後のマッチ。ぶるぶる震える手ではマッチが持ちにくい。でも、今度は・・・のんのはマッチを擦った。
咳き込んで、男は目が覚めた。気がつくときな臭い煙が部屋に立ちこめている。え、なんだこれは?布団から起き上がると、寝室のカーテンの隙間から赤い色が見えている。「うわぁ、となりのばあさんちが、火事だぁ」
気持ちはわかりますが。。。
でもおばあさんは,それでもいいと思ったのでしょうね。
地震のあとの停電は ろうそくは使わないでって 呼びかけてますね