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震災備忘録-当日-2


地震直後は、未だ電話回線は生きていた。
携帯各社とも繋がらなくはなったけれど、ひとまず固定電話は生きていた。

女房は仕事上の勉強会で仙台にいた。
帰れなくなったと連絡が来た。
迎えに行くつもりでガソリンスタンドに向かったが、すべてがだめだった。
給油する電源がなく、手動で給油する機能も、ほとんどのガソリンスタンドにはなかったのだ。
すったもんだしているウチに夕刻になった。
ガソリンがないために自分の車はあきらめて、親父の車を借りることにした。

女房のお袋を、ひとまず彼女の実家にでも預けて行動しようとしたが、踏切に遮断機が下りていてどこも通れない。
どうしようもなく、彼女と犬一頭を乗せたまま、仙台へと向かった。
高速道を使えば50分で到達できる距離である。

車載のテレビをかけっぱなしで運転したが、刻々と入ってくる報道は、あまりに悲劇的だった。
テレビは地上アナログで、宮城県は6チャンネルがあった。
それが地震直後から、2チャンネルまたは1チャンネルしか入ってこなくなった。
報道では当初マグニチュード7.9と発表され、その値が刻々と上方修正されていった。

道路は分断され、高速道は通行禁止、しかも地割れや陥没で裏道も通りにくい。
メインの国道は救急のパトカーから消防車などのひっきりなしの音で、通ることは不可能だと判断するしかなかった。
注意しながら、裏道を仙台に向かった。
およそ3時間近く掛かって到着、ここで非常用の水2リットル入り18本を主催者側から提供をうけ、ひとまず飲み水確保できたことで気持ちがだいぶ落ち着いた。

仙台は西口方面はビルのタイルが散乱したり、窓ガラスが割れたりという状態ではあったが、思ったほどの惨状には見えなかったので、安心した。
どうしても数カ所確認したい建物があったので、回ろうとしたが、通行止めや交通規制で断念。
知人たちが生きていてくれることを願って帰宅するしか方法は残されていなかった。
通行止めの先、仙台東口から先こそが惨状だった。

帰宅したのは翌日の午前一時を過ぎていた。

#日記広場:日記

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2011/03/19 05:54
東北というエリアは広くて、何をするにもそれなりに車を走らせなければなりません。
また、未だに氷点下という寒さが襲ってきます。
その中でも懸命に立ち上がろうという人々の行動を見ると、一瞬喜劇的でさえあってつい笑ってしまうのですが、それが大震災によってもたらされていると、すぐに気がつくと涙がこぼれます。
昨日から灯油などが避難所に入ったという報道があって、少し安心しています。
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2011/03/19 03:33
コメントありがとうございました。

私の派遣先の会社からも数名東北へ支援に行っているのですが

今週、次の人と交代したそうです。

その作業も燃料不足がとても深刻で、特に東京電力の計画停電の

影響が大きく、頑張って手配してもそっちですぐに消費されてしまうらしい。

政府が動いていろいろ手配したニュースを見て期待しているのですが

次の寒波までに間に合って欲しいです。

何より、非難している方々に暖を取って頂かない事にはね・・・
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2011/03/18 22:36
そうですか。
高校の同級生が仙台市青葉区に住んでいるのですが、
西口方面はまだ壊滅的でないということで
少し安心しました。
情報ありがとうございます。
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2011/03/18 08:43
るもりゅうさ~ん><。

無事で何よりです。
ほんと、どうかなっちゃったらどうしよう><。
って、嫌なことばかり考えちゃって・・・ ほんとに良かったです。

なんか怖くて訪問に行くのも怖くって・・・ 連絡くれてありがとでした。 安心しました^^

大変ですが頑張ってください。 こんなことしか言えなくてゴメンです。
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2011/03/18 02:03
電話も数時間ですべてが使えなくなりました。
女房が行っていた先は、とある上場企業でしたが、別枠で電話回線を買っているらしく、そこのは固定電話、携帯電話とも問題なく使っていました。
停電で、懐中電灯や非常灯の明かりだけでしたが…
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2011/03/18 01:24
停電で電話もダメになったんですかね?

一定の時間は発電機が回るけど燃料に限りがあるから。



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