1ヶ月
- カテゴリ:日記
- 2011/04/11 15:36:32
ダイシンサイ…
言葉にすればただのカタカナ6文字。
多くの命が失われて、いまだに身体の所在さえ見つからない方も多い。
あの3月11日、確かに9日からの前兆はあった。
前日も、当日もそのようなことを書いてもいた。
恥ずかしい話だが、今となってあれがそうだとか、これがこうだったと思い出すものがある。
甲斐犬たちが、異様にほえ続けていた。
野生そのものと言って良い彼らの本能的な行動を私は見逃した。
ただただ、喧しい奴らと叱っただけだった。
静電気が異常にあった。
車の扉にふれただけで、バチッと火花が出るような状態だった。
これは震災後1週間経たないくらいで弱くなった。
大量に飼育していたときには見過ごすはずのないことが、少数の鳴き声だから侮ったのだ。
今回の群発地震全部に言えることだが、特に震災直前から地鳴りが大きくなった。
しかし、本震の時はあまり地鳴りを聞いたという記憶がない。
30年前の宮城県沖地震の時の地鳴りは今回の本震よりも大きくて、比較的わかりやすかった。
なぜだったのだろうか。
精神が弛緩していたのだっただろう。
水はどうにでもなった。
山が近いというのはありがたい。
清水もわいているし、一部地区は本管と違って簡易水道のままだ。
ガスはLPGで直後から問題なく使えた。
電気は1週間くらい復旧にかかった。
被害の大きかったところは、まだ復旧していないところもあるようだ。
このくらいの震災になると機械類の復旧は非常に遅い。
豆腐屋では豆腐は作れても、油揚げなどの食用油の入荷が亡くて作れなかった。
牛乳屋は消毒ラインが復旧できなくて、しばらく入手できなかっら。
原乳は頼めば手に入ったと思うが殺菌のために30分以上加熱してと考えると気が萎えてしまって頼まなかった。
この一ヶ月の皆さんのご声援に心から感謝を申し上げます。
被災された多くの方々に一日も早い復興をお祈り申し上げます。
亡くなられた方々のご冥福をお祈り致します。




























宮城県は比較的地震は多いところなので、よくも悪くも慣れてはいますが、余りにも強くて長期にわたっていますね。
それに、原発事故があって、仙台空港と福島原発の航空路を上空に引いたらしく、ほとんど絶え間なくヘリコプターなどの音が聞こえます。
時々ガラス窓がビリビリと振動で音が出るくらいの高度のときもあって、神経が逆なでされますが、これより大変な方々のことを思うと愚痴にするのも申し訳がない気がします。
この震災騒動が終わったら、また楽しく過ごすことができるようその日を待っていたいと思います。
想像をはるかに超えたものでした。
復興しつつあるのに、行方不明の人は多いし、余震で停電したり、原発のこともあったり、と
言い出したらきりがないですね。
避難所生活を続けている人たちも、ゆっくりしたいでしょうね。
るもりゅうさんも無理をせずに頑張ってください^^
この調子だと東海から北海道の手前までどこで起きても不思議じゃないような気がします。
これからも気を付けましょう。
考えることが多くて、いつもより長く感じました。
まだまだ余震が続いていますね。
これからやることがたくさんありそうです。
お体に気をつけてくださいね。