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陸前高田市を見る


ある地点から一瞬で空気が変わった。
一関から大東町(ここも一関市だ)まで45分、そこから陸前高田市に1時間くらい走っただろう。
そこまでは、普通の大地震後のどこにでもある見慣れた田舎の風景だった。
瓦礫の山、たしかにそうなのだが、もっと違う何かがあった。
砂漠だ。
川が流れているので、砂漠と呼ぶにはふさわしくないかもしれないが、紛れもなくそこは緑の植物がない荒涼たる砂漠だった。

大地震後の仙台湾を見たときには思い浮かばなかった。
松島から塩竈、仙台港と見て、まだそこには生命を感じさせる植物の緑があった。
巨大な建造物が、あるいは大型トラックのコンテナがササクレだってゴロゴロ転がっていても、仙台港付近にはまだ松林などはあった。
それがない。
そこに広がっている光景は、生命を感じられない。
もちろん、山にはまだ緑が残っている。
しかし気仙川を遡った津波の通ったあとには、植物と思うものがなかった。
砂漠と化した大地に、かつて人間や動物がそこで営んでいた生活を感じさせないほどに破壊された残骸が、いや残骸しかと言うべきだろう、それだけしかなかった。
津波の跡が延々と続く。
道路が登ると左右には植物はあるが、見下ろす海岸線はすべてが砂漠だった。

4月下旬だというのに、山道には五分咲きくらいの桜の木もあった。
23日の夕刻から夜間にかけて降った雨が竹駒付近を通行不能にしていた。
迂回路を通り45号線に出て陸前高田市の小友に到達した。
すでに火葬にされたお骨はそこの寺に預けられていた。
境内には自衛隊のテントが幾張りも並び、端正とも思える寺もまた非常時であることを如実に表していた。
小高い寺から2軒下の家まで津波が押し寄せたと言う。
海面から目勘定で20mくらいの高さだろうか。
3軒下は家の形が残っているが、その下はない。
瓦礫が、散乱したままである。
震災当日の3月11日から40日以上も経っているとは思えない、津波という爆風がなぎ倒した直後と言っても疑わないほどの惨状がある。

葬儀に参集した人々に聞けば、見ていた人の話だと松林の上を津波が襲ってきて、それが段々と高くなったのだという。
高田松原と言えば、日本有数の美林である。
それが根こそぎ津波に呑まれ、水中でぶつかり合って異様な音と共に斜面を駆け上ってきた。
津波に備えていたはずの堤防もまったく関係なく呑み込まれ破壊されて、凶器となって押し寄せたのだ。
1667年から植栽され、代々手入れされ、造林されて7万本にも上る松林も津波に備えた防災林であった。

以下次回に書くことにする。

#日記広場:日記

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2011/04/26 22:57
現状を見ると援助がどうこうという以前の状況に感じました。
亡くなられた人の捜索だけでも、とてつもない時間がかかるように思えましたし、重機は入っていても、作業はぬかるみの中ですから、湖の底をさらって気配をさがすような日々だろうと思います。
震源からの距離を考えると、まだ見ていませんが、石巻の先端にある牡鹿半島から陸前高田を含む大船渡までが被害の中心で、そこから左右に被害が少しずつでも弱くなっているのではと考えます。
それにしても膨大な地域が被害にあっていて、政府の対応はまったく見えません。
これで、よく暴動に発展しないものだと不思議です。
無責任に時を稼ぐことは愚劣極まります。

ある程度の平らな高地は自衛隊の駐屯地になっていました。
例えば流通などの都市機能を回復するための場所を作るにも、山を切り崩さなければなりません。
その段階にいたるまで、どのくらいの時間が必要かを問う状況には程遠いと思います。
せめて、かつての幌馬車隊のようにトラックを連ねるスペースでも確保してもらえたらと思いますが、月ではなく年レベルでの話になるのではないかと思います。
その間、彼らはどのように生活ができるのだろうかと思うと、政府首脳や岩手を地盤とした小沢一郎あたりも含めてどれだけ本気で考えているのか疑問としか言いようがありません。

人海戦術で人を派遣するにもそのスペースが無いのですから、住民の多くをもっと内陸部に避難できるように手を尽くす必要があると思いました。
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2011/04/26 20:38
前に福島の南相馬の映像を見たら、大陸の荒野みたいに、一面茶色い大地になっていて、とても人がいたり、木が生えていた場所とは思えない状態になってました。
陸前高田も同じなのでしょうね。防災林まで流されてしまうとは……。

簡単に「復興!」なんてとても言えない気がします。
都市で起きた阪神のときとは全然条件が違います。

それにしても、今になっても流通も滞って、まともに援助されてない町があるって、いったいどういうことでしょうね?

ニュースや、色々な人の報告を見聞きしていると、この国がとても心配になります。
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2011/04/25 22:41
自衛隊が非常に凛々しく見えました。
ほとんどが民間人はいなかったようだった。
思い切りと繊細さを要求される特殊な現場だと思うので、作業ができたにしても、あの中に入るのは難しいでしょう。

ところで、精神が被爆してもどうしてやることもできないから、被爆しないようにしてください。
嫌がらせも、俺にはしないように…
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2011/04/25 22:21
おつかれさまでした。
そんな場所からも重機の依頼は来てました。もちろん断ったけど。
それでも、復興している最中に空襲がないのはましだと僕は思う。
同じような光景で多くの若い友人を大空襲で失ったのはまだ2年前だったから。
こんな事を書くと不謹慎と言われるかも知れないけれど。
それでも、世界のいたるところで、まだ戦争をして居る事を知って欲しい。
今、まさに今、この時にも友人が亡くなった。
もう、悲しみも怒りもわいてこない。心の中は有る物は虚無だけだ。
そろそろ精神が破壊して来そうである。
日本の大災害だけではなく、全世界の、色々な形で犠牲になられた方達のご冥福を祈るばかり。

自分に出来た事は、医薬品を福島へ運んだ事。
ほとんど観光客がいない観光地で少しばかり散財した事くらい。
ホテルのフロントマネージャーが涙ぐんで駐車場まで迎えに出てくれた。
帰るときには飲み物やお菓子をくれた。また是非来て下さいとまた涙ぐんでいた。
いつも世話になってるみやげ物屋には誰もいなかった。
物の見事に一人もいなかった。定員さんが3人いただけだった。
大量に購入した土産物で車内はいっぱいになった。
いやがらせに送りつけてやろうと思う(を
自分に出来る事はこれが精一杯だった。
なんか虚しい。
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2011/04/25 22:03
見なけらばならないものがあると思いました。
おいおい書くと思いますが、見て腑に落ちました。
映像で見たものは、映画やドラマとどこか同一のように思ってしまっているところがあります。
あまりに現実感がない悲惨さですから、頭の中で勝手に自衛してしまうのじゃないでしょうか?
作り物と同じように眺めている自分がいたりします。
現場に立ってみると、非常に細かな粉塵と現場ならではの臭い。
肌に刺さってくる感覚が現実を教えてくれます。

生き物の命を奪う覚悟がないと動物を飼育するべきではないと思っています。
極限に居るのです。
むしろ遅すぎて動物を苦しませただけのように思っていました。
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2011/04/25 20:21
悲惨な情景が、目に浮かびます・・・
映像でしか見たことがないけれど、実際に見ると違うのでしょうね。
津波って、恐ろしいですね。

家畜を殺処分するニュースを見ましたが、そうせざるを得ない状況のようだし・・・
元通りになることは、あるのだろうか・・・と考えてしまいました。

現地の状況を教えてくれて、ありがとうございます。





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