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夏祭り


実のところ、私は東北の祭りが嫌いである。
伝統的な夏祭りは、秋の豊作を願うものが多い。
農業技術の乏しかった時代には、干ばつや飢饉といった悲惨な歴史があって、鎮魂の祭りがほとんどである。

お盆の送り火の行事である灯籠流し-精霊流しなどは全国的なものだが、江戸時代以降の東北は、関東以南に比べて、生活に恵まれなかった。
そのために、食べられなくなると間引きと称して子殺しが一般的に行われて、禁止令をたびたび出しても改まらないと記録にはある。

卑近な例だが、私の家はもともと双家で始まったのだが、江戸時代の飢饉によって片方が消滅して、一軒の家系しか残らなかった。
そのようなことも考慮しての双家であっただろう。
しかし、その後に何度も双家を復活させようと代々の当主が努力して、形は作るのだが、実質の力関係が同等の双家を築くことはできなかった。
私の家系などは非常に特殊な例だろう。
改めて、我が息子たちにそれを望むのも、時代に逆行することと、最近はほとんどあきらめの境地になった。
また、地元でするべき仕事は彼らにはないだろう。

このような例を挙げるまでもなく、夏祭りは厳しい夏を送り、実りの秋をつつがなく迎える願いに満ちたものである。
しかし、例年と言えるほど実りの多くは藩に没収されて、わずかな食料が確保されるだけであって、北関東以北の多くの藩は本当の意味で領民が安堵して生活できるにはほど遠いものだった。
その藩自体も貧しかったのだから、どうにもならない。

東北の真の夏祭りは華やかさなどない。
今でこそそれぞれ華やかさを演出しているが、祭り囃子の音色を聞くと、かつての内情を知った者としては悲しさが湧くのである。
まして今年のような大震災に遭遇したのだ。
これが東京や東海で起こったことであったら、菅内閣-政府はこのようなのんびりとした対応に終始しただろうか?
原発事故が東京に近いところであったなら、どう対処しただろう。
実のところは、江戸時代と何ら変わらぬ東北の軽さなのではあるまいか。

せめて少しばかりの華やかな夏祭りを見たいものだ。
それには、震災の被災者が少しでも少なくなってくれることが最低条件である。
ところが、なぜか被災者が増えるばかりに見える。
夏祭りの時期である。
悲しみの音色に心が凍るのだろうか。

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