小説について<2>
- カテゴリ:日記
- 2012/02/21 02:07:53
私は純文学の方向へはできるだけ足を踏み入れないように注意しています。
だからこれから書くことは耳学問というか、仮定の話だと思ってください。
純文学が、いわゆる小説としての芸術性を表現する、と言う方向のものだという前提をあげておきます。
人間の心情とか行動のどの部分に光を当てて際だたせるかということは、小説のプロット(大雑把な筋立て-構成)を作る段階から計画されます。
小説の構想を練るのに、登場人物の位置付や中心に据えるテーマに沿った言葉-せりふ回し-を書き出します。
総ページ数に対して、どのように分割して、出来事をいくつ盛り込むかなどは初期の段階で書き込むわけです。
自分の場合は、女性週刊誌とか風景とかの写真を多く集めます。
感覚に合うものをそれぞれテーマに分けて、切り抜きの山を作っていきます。
その中で、イメージにそぐわないものは、良さそうだと思っても、別の作品のために袋に入れて除外します。
必要なものをプロットに従ってシーン毎に紙に貼り付けてイメージマップを作ります。
だから小説を書き始める段階だと、登場人物が息を吹き込まれたように動き出します。
それを追いかけて書くだけで小説の形になります。
時には登場人物が勝手に動き出すことがあります。
書き手の計画に反して、まるで意志を持ったように、流れが変わってくることがあります。
これを無理に方向を正すか、自由に動き回らせるかは、そのときの直感です。
最近の小説を書く人は、このような作業を行わないで書いていく場合は少なくないようです。
そのために小説自体が深みのないものになってしまっている。
あるいは過去の小説作法のパターンに当てはめて書いてしまう。
このようなことで底の浅い作品が多くなって、どこかで読んだ過去の焼き直しのようなものが幅をきかせるようになっているのだと思っています。
坂口安吾は読んだことがありません。
もしかすると大学時代あたりに読んだのかもしれませんが記憶にありません。
で、私が坂口安吾を含む読書を計画するとすれば、夏目漱石→芥川龍之介→井伏鱒二→石川達三→坂口安吾→安部公房→埴谷雄高→遠藤周作→開高健→辻邦生→中上健次→津島佑子→佐伯一麦→柳美里→平野啓一郎→??と言う流れになると思います。
読んだ作家もいるし、まるで読んだことのない避けてきた作家もいます。
津島祐子を入れるなら太宰治も入れるべきかもしれません。
一年がかりでしょうけれど、こういう文学のおさらいというか、一通りを読んでみたいと何度か思ったのですが、もう少し後になってからでよいのじゃないかとつい後回しにしてきました。
AさんやBさんも一緒に読むというなら、ネット上で読書会などはおもしろいかもしれないですね。
ネトゲよりも熱中しそうで、怖いですが…。
読んでみたい作家というか、読書で自分が如何にもの知らずで好き勝手な生き方をしてきたかを確認してしまうのは、あまりにもおぞましいとも思ったりします。
小説を書けない人っていないような気がするんです。
要はプロットを作る段階で、イメージをどれだけ膨らませることができるかってことですから、写真とか映像とか音楽など、ベースになるものを集めて、それが形になってくるのを待てば、文は書けると思います。
私は書くことは書くけれど、書いたものがお金というものになって帰ってくるのは専門誌とかフリーペーパーの類の、いわゆる埋めネタ程度でしたから、大したものじゃありません。
小説ではなく雑文書きのようなものです。
栗本薫は亡くなっちゃいましたねぇ。
結局グインサーガは未完になったと言うことですから、心待ちに読み続けた読者には残念でしかありませんね。
あの筆力は恐るべきものだったと思います。
中島梓名義の評論にもうなってしまうことがありました。
早稲田出身者で頭の良いのに出会ったことはないと思ったりすることが多いのですが、彼女は飛び抜けた存在だった。
著作の7割程度は読んだのじゃないでしょうか。
文章の美しさという点で、今の作家の中では北村薫が筆頭かもしれません。
ジャンルが関係ないというなら、お奨めです。
中国人などとネットで知り合いになって日本語を学びたいと相談を受けたら、私は迷わず北村薫の作品を薦めています。
平易で奥行きがあって、万人向けのようですが、文学を知り尽くしている人だと感心させられることがとても多いです。
同じように冒険小説のジャンルからだと、先に書いた稲見一良。
ほとんどがすでに絶版になっているので古書で探すしかありません。
ブックオフだとネットで入手出来ると思います。
少ない作品ですが、彼の小説はまだまだ評価が高くても不思議じゃありません。
好きな作家だと船戸与一、最近気に入っているのは松岡圭祐です。
若い子から東野圭吾を勧められて、次に読もうと思っています。
遠藤周作については拒否反応が出る人が多いと思います。
でも、彼がまともに書いたと思うキリシタン関係の何冊かの著作は読むに値するものです。
将来ともに残さなければならないものもあるのじゃないでしょうか?
評価しているのは「沈黙」です。




























よかったらご意見お聞かせ下さい!
品の良いオレのブログにうんこ持ち込んだりするんじゃねぇ(TT)わ~~~~ん。
名前だけで売れるよ。
書いてみろ。
某出版社や某出版社や某出版社が「今なら中身が無くても"ありす"のネームバリューだけで売れる」・・・
そんな事聞いたら書けなくなるに決まってるじゃねーか。俺様は繊細なんだよ(うそ
しかし、特に若い方が小説という分野を志すとするなら、一応知っておいても良い作り方だろうと思います。
時代に流されて、本来書き手が持っているだろう本当の光を失ってしまうことなどは掃いて捨てるほどあります。
そこから一段上のところで得られる完成度と喜びは、おそらく全く違うものになるのではないのかと思っています。
少なくても自分の場合はそうでした。
そして、そのような作業はおそらく誰にでもできることのはずです。
だから、スタートラインはきっとそこからなのだろうと思います。
将来、名を成せるかどうかなんて言うのも、実はあまり意味のないことかもしれません。
太宰治が生きている間に発表出来た作品などはほとんどなかったに等しいようです。
でも、あれほどの質と量を隠し持って亡くなられた。
幸せではなかったでしょう。
でもきっとあれだけの完成度に、満足出来ていたに違いないと思うのです。
書き続けることで得られる自己満足という果実は、努力を重ねれば重ねただけ大きなものになるはずです。
頑張ってください。
私は期待しています。^^
私も作業を行わない人の一部に過ぎない気がします。
なので考えを改め、もっと真剣に作品と向き合ってみようと思います。
なんとなくで書き始めた小説をもう一回書きなおすので時間が多少かかってしまうかもしれませんが、せっかく読んでいただくのですから、それなりに自信が持てるプロットになったら、自身のブログにでも載せようと思います。
お目汚ししてしまったら…すみません。
先に謝っておきます、純文学とは程遠い気がします。
それは残念だったねぇ。
何かの機会にまた誘ってもらいなよ。
栗本薫の顔は実際にあったことがないから、言及はしない。
好みじゃないなんてことは言いようもない。
でんでんかんけいにゃいけど3月31日に小説家達の集まりが品川プリンスホテルであるよ。
会長は志茂田景樹?←友人ではない人なのでわかんないけど
ご招待いただいたのだが、残念な事に翌日は娘の入学式なので行かれねえぇぇぇっぇ!
死ぬほど残念だばかやろう!あと1日ずれていたら入学式の後に駆けつけるのに。
これで人脈を広げる機会を1つ減らした。。。結構ショック
本というのは機会がないと冒険しにくいものだから、何かの参考になるとうれしいですね。
グインサーガ読んでなかったけど、もちろん存じています。
知らない作家さんのお名前も数名いらしたので、
今度図書館で探してみようかなと思いました。
映画は映画で、別の作品として見ることが多いよね。
ぜひ、小説のほうも読んでみることを勧めます。
結局さらっとみただけでした。。。