Nicotto Town


雪うさぎが呟く


手紙

居間で、老眼鏡をかけて夕刊を読んでいたら、買い物から帰った妻が少し困ったような顔で襖を開けた。「あなた、お手紙来ていましたけど・・・」と差し出されたのはありきたりの白い封筒。

妻の困惑顔の理由は封筒の裏を見てわかった。女名前で、住所の記載は無い。長いこと警察で働いてきたので、逆恨みとしかいえないような付きまといや脅しもあったから、妻が神経質になるのもわかるが、退職してもう何年もたつのにと、少しかわいそうになる。

「ああ、これは中学の時の同級生だよ。懐かしいね」というと、ほっとしたように妻は微笑み、キッチンへ入っていった。

そう、これは俺の初恋の人、可愛くてスポーツが得意で、勉強もできたから学年でも目立っていた。親しくしたことは無いが、何度か席が隣になって忘れ物をカバーしてもらったり、苦手な宿題をうつさせてもらったりしたことがある。だが、この文字は彼女の筆跡とは似ても似つかないものだ。

封を切って薄い便箋を引き出しながら、一度だけ出席した同窓会のことを思い出していた。
男の野暮な目から見ても高価そうな着物を着た彼女の指にはダイヤらしい大きな石がぎらぎら光っていて、『結婚しているが子供はまだ』と幹事がこっそり教えてくれたっけ。『玉の輿らしいよ』などと余計なことを付け加えて。

便箋を広げると、鉛筆で一字ずつ几帳面に文字が並べてあった。「**さん、おひさしぶりです。お元気でしょうか。お伝えしたいことがあって、書きました」

そう、彼女は俺に気がつくと、グラスを持ったまま小走りのように近づいてきた。他愛の無い思い出話をしているうちに俺が警察官になったと言ったら、ためらいがちに話し始めたのだ。

最近、なんだか危ない目にあうことが多くて怖いと。通り過ぎたマンションの上のベランダから鉢植えが落ちて来るとか、駅のホームで押されてつんのめるとか、だけれど誰も怪しい人はいないのだと。

「そういう事件は、その辺りでは聞いてないが」と俺が言うと、「そうですよね、実害はないのだし、気にしすぎなのね」とわざとのように明るく笑った。

俺は当時まだ独り身だったし、秘密を打ち明けられたような気がして、彼女のことが気になった。それで何かあったらいけないと、非番の時に彼女の後をつけたことが実は何度かある。

少しでも力になれることがあればと思ったし、もし何か事件性があれば悪いことが起きるまえにとめることもできるだろうと考えてのことだ。

彼女が習い事などに出かける曜日や時間は決まっていて、後をつけることは難しくなかった。逆にもし、彼女に悪意を持つものがいれば、そいつにとっても何か仕掛けるのはたやすいことだったろう。

俺は数回彼女を尾行したが気づかれることは無かったと思う。一度駅の階段で足を踏み外しかけてヒヤッとした時にも、周りには誰もいなかったし、信号待ちの交差点でふらついて自動車に接触しそうになった時も、怪しい動きをする者はいなかった。

脳貧血でも起こしやすいのだろうか、そっちの病院へ行くのをそれとなく勧めるべきかと思っているうちに、仕事が忙しくなってそれどころではなくなり、同窓会にも行けないままいつか忘れてしまっていたことだった。

手紙の文字を拾って行く。「以前、同窓会でお会いした時に、なんだか危ないことが続くとお話したことがありましたね。本当は私は、誰かに殺されるのではと不安でした。なんだか変でした、まわりが。

なぜだかわからないまま、いつのまにかそういうこともなくなりほっとしていたら、当時の夫の仕事が上手くいかなくなったり、女ができたり、本当にいろいろあって結婚は破綻。
それでも一生懸命に生きてきたのですが、今度は私が病気になりました。もう字を書くのも難しいので看護師さんに代筆してもらっています。

それで、このごろ、私はよく夢を見るのです。若くて健康で幸せだと思っていて、何も考えない昔の私。なんて馬鹿なんだろう、これからどんどん不幸になるのに想像さえしない。いつまでもこの暮らしが続くと思っている。腹立たしくて、情けなくて、憎らしくて、その私に体当たりしてみたり、道路へ突き飛ばそうとしたり。

そうなんです、私に付きまとっていたのは私なのです。そしてその夢の中で、あなたをみかけました。もしかしてあなたは私を見守ってくださったのではと思っています。もしそうなら、ありがとうといいたくて。**君、中学校は楽しかったですね、あなたを好きでした。」

便箋の終わりに行をわけて短い文があった「**さんに頼まれたので、投函します。**さんは**日に亡くなりました」

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2014/10/06 13:29
☆☆☆ 星みっつ
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2014/10/04 19:42
素敵なお話ですねーv-うん。

螺旋のようにぐるぐる魂は時空を超えて廻ってる気がします。
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2014/10/04 17:13
よかった・・・最後まで読めて・・・。

それにしても、これは、面白い!
そうか・・・こういうオチだったんですね!!
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2014/10/04 17:05
Necolaboさん すみません、ダンナに見つからないようにとやっているので(^^)切れ切れでした。
『もし、すごく念の強い人が、自分の人生を後悔したらどうなるかな』という発想です。
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2014/10/04 15:03
え、えー!?
ここで、切れちゃうんですか??
早く続きを!!



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