闘犬
- カテゴリ:ペット/動物
- 2009/09/01 16:48:48
秋田佐竹藩主は代々闘犬が好きであったらしい。江戸時代は各地で闘犬なども行われていた。昭和の初めまでも闘犬という風習は普通のこととして残っていた。現在は各都道府県の条例によって許可される地域は少なくなっている。
闘犬は例えば牛馬の売買の市であるとか祭礼など、人が集まりやすい場で興行的に行われた。これは闘犬が単に勝負を決めるものではなく、賭け事として発達したものであることを意味している。
人間の情として負ければ悔しいだろうし、より強い犬の作出を行おうとするのは当然のことであったろう。四国犬と秋田犬はそのような歴史を持っている。これはしかしながら、けっして四国犬、秋田犬に限ったことではなかった。紀州犬でも甲斐犬でも闘犬に使用されたことがあったに違いない。より顕著な経過をたどったのが四国犬と秋田犬というにすぎない。
このようにして四国犬はマスティフ、グレートデーン他の大型犬の血を取り入れていった。土佐闘犬の誕生である。このような大型化を図った土佐犬に秋田犬は負け続けたのだろうと思う。秋田犬も大型化に向かった。中型であった犬たちをより大きく獰猛な生き物に作りかえる試みがなされたのである。成功した者には報償も待っていただろう。
その過程に於いて飼い主を噛んだとか子供を噛み殺したといった事故も起こり、その反省と闘犬の禁止あるいはルールの変化などにより、一般に我々が目にする多くの現在の秋田犬、土佐犬は大変飼育のしやすい犬種へと変貌を遂げた。まったく他の犬種同様程度に安全な犬種であることを一言添えておきたい。もっとも飼い主の資質によって凶暴な犬ができあがることは他の犬種と同様である。
総称的に秋田犬と呼ばれているものは今日では私の知る範囲だけで数種を数える。秋田犬協会、秋田犬保存会、JKC、アメリカ秋田、古典秋田クラブの各系統である。日本犬保存会を加えると六系統にもなる。
本来の秋田犬は中型で、岩手犬(あるいは盛岡犬-絶滅した)と同様の体型であった。秋田犬に外国種の血を入れ、更に土佐闘犬とも交配をしたと記録にはある。大型の長毛種であるカラフト犬なども交配の対象であった。このために、むく毛のチャウチャウのような長毛犬の誕生することが今でもあるわけである。
秋田マタギ犬として使用されたものは元々の中型犬であった。山野を走り回り、カモシカ、熊などを追いかけるにはある程度の動きの軽快さが必要である。身が軽いからこそ対抗しうるスピードを持つのである。もし犬も重量があると熊などと相対した場合は、力もスピードも多分大きく劣ることになって、すぐにやられてしまうだろう。
闘犬種と紀州犬とか甲斐犬を戦わせた場合に、相手の犬に捕まえられなかった場合には闘犬種と好い勝負になるという話をときどき聞くことがある。偶に勝つこともあるらしいし、勝った場合の飼い主の話は、釣り師の釣魚を逃がした話と同様にドンドン膨らんでしまう。
勝った話に尾鰭端鰭がついて、それを聞いた闘犬種の所有者がまたけしかけてくるということになる。今でも犬の野試合を仕掛けるような不心得者が生まれることになるというわけだ。
日本の闘犬種は日本犬が本来持っていた『禀性(ひんせい)--日本犬は悍威(勇気と威厳)、良性(忠実)、素朴(飾り気のない気品と風格)という性質を基本にしている。これらを総称的に禀性という。本来もって生まれた性質を意味する。』を意識して作出されてきた。確かに噛み合いもある。しかしながら犬の殺し合いとは違って、よく相撲に例えられるように、単なる喧嘩犬とはまったく異質な発展を遂げたものである。
闘犬の話になると、最も強い犬種は何かという話題になるが、ストリートファイトのような喧嘩勝負となると果たして土佐闘犬が世界最強であると言えるかというのには疑問が残る。ドゴアルゼンチーノ、マスチフ、ピットブルなどなど様々な犬種が脳裡を駆けめぐることにもなる。個体の条件にも左右されるだろう。従って実際に行ってみなければ判らないということ以外に結論はあり得ない。
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野生のオオカミは、ほかの動物を狩ることで生存できます。
しかし、赤ずきんちゃんのようなおとぎ話にあるような恐ろしい動物であったかというと、私は違うと思っています。
人間のパートナーアニマルになったのだから、どことなく人と相性も良かったのだろうと思います。
その後、人と出会ったオオカミは、人との共同生活を通して、役割分担を果たしてくれるようになりました。
食べ残しを片づけてくれたり、獲物を捕ったり、敵から身を守ってくっれたり、さまざまな役割を受け持ってくれました。
世界の闘犬の歴史は、戦争時の伝令であったり、身体中に刃の付いた鎧を着て敵の陣地に駆け込んだりという役目を果たしました。
これは、人に忠実な性格でなければ、無理な仕事だと思いませんか?
凶暴な性格を持った犬というのが、敵を襲うということであるなら、臆病な性格の犬ほどそうだろうと思います。
ドーベルマン・ピンシャーなどは、全くその通りで、臆病であるがために人を咬む犬に訓練で作ることができるのです。
闘犬は、例えば土佐闘犬や秋田犬を例にとっても、戦わせて自信を持たせながら育てなければ、勝つ犬にはならないと聞きます。
本来凶暴な性格の犬種は居ません。
しかしブルテリアなど、凶暴になりやすい遺伝的性格の犬種は居ます。
牛とのブル・ファイトのために作り出されたブルドックなどは、非常に異質な育種をされた犬種ですが、いまは家庭の室内犬として最高の犬種のひとつといわれます。
遺伝性や病気でいわゆるキチガイ犬のようになるのは居ないわけではありませんが、これは飼い主でも手に負えず、どうしても始末をしなければならない場合があります。
このような性格のものを繁殖に使うというのは、もしあるとするなら、その人がおかしいのであって、これを闘犬に使うことは不可能です。
やっぱり、人間の育て方じゃないのでしょうか?
確かに、飼い主しだいで本来の気質よりも、変化すると思いますが(^^ゞ
ただ、元々の気質ってものもあると思うので…
血筋的には、やはり、より凶暴な気質を持ち合わせたもの同士を
かけ合わせたりする事が多いのかしら?
どんな動物も、本能として闘争心はあります。
人間も動物も同じです。
知性があれば、闘争は起きないのかというと、そうでもないところが不思議です。
北海道犬はいつくらいから北海道にいたのか、やや疑問の犬種です。
日本犬としては、土佐犬の元となった四国犬、紀州犬などと同様に日本犬6犬種(ほかに甲斐犬・柴犬・秋田犬を含みます)のひとつです。
樺太犬というのは、厳密には居ません。
犬種として完成させようと言う方々の努力もありましたが、いまなお完成には至っていない。
しかし、元々北海道にいたのはこの樺太犬系統の犬たちではなかったか、と考えられます。
明治時代にエゾオオカミの絶滅と共に、北海道各地にいた雑多な犬たちが、少なくなって、日本犬再興の昭和初めの頃には、日本犬のほかの犬種と似ているという理由で、今の北海道犬だけがピックアップされ育種されたようです。
私的には、最初から、あのモコモコの樺太犬系統も日本犬の別な犬種として指定したら良かっただろうという思いはあります。
しかし、樺太犬には旧ソ連時代に宇宙に行ったライカ犬(これも犬種としての完成はありません)の血が混じっているというのですから、やはり日本犬という分類とはならなかったのだと、理解せざるを得ませんが…。
闘犬が強くなるには、噛ませ犬ってのがいたって、以前本か何かで読みました。
かわいそうなただただ噛まれる犬・・・・だから闘犬は嫌いです。 犬を戦わせて、人間が喜ぶなんて!ひどい。
北海道には、北海道犬(アイヌ犬)ってのがいるよ!ソフトバンクのお父さん犬です。
南極探検隊が連れてった犬ぞりの有名なタロウとジロウは「樺太犬」って言う犬で、北海道で生まれた犬(^o^)丿
現実的な記録や古老の話を総合すると、最終的には下北半島に1980年代にいたものが、マタギ犬としての働きでしたでしょう。
それ以降は、もうどこからも本物の話は聞こえてきませんでした。
異論はある方もおいでになるでしょうが、マタギも、だからその頃の方が最後と言うことになるのでしょう。
土佐犬(とさいぬ)は、いかなる犬種の血が混じっても良いという考え方と、日本マスティフ型として完成されているという方と今は両論併記の状態でしょう。
私は後者の論に与しますが…。
読みづらいのは勘弁してくれ。
土佐犬は、子供のころ洋犬の血が入っているの見て
「かわいくない・・・・」と思った記憶があります。
たぶんマスチフの血が入っていたんだと思いますわ。