『君の隣で笑えたら』#3
- カテゴリ:自作小説
- 2016/10/06 19:07:46
いつも通りの、憎たらしいほどの晴れ。
わたしは玄関でほどけかけていた靴紐を結び直していた。
出掛ける先は勿論(もちろん)、レイの家。
といってもお隣さんなんだけどね。
「日向(ひなた)」
色合いや模様が好きで、試しに履いたら動きやすかったから買ったスニーカーだったけど、靴紐がほどけた時結ぶのが面倒なこの靴。
やっと結び終え、隣に置いてあった軽い鞄を持ち立ち上がると、後ろからママに声をかけられた。
「どこ行くの?」
「レイの家」
「あら。本当よく行くわねぇ。たまには学校行ったら?」
「学校行くより、今はレイと一緒に居たいの」
わたしは近所の共学高校に通う、れっきとした女子高校生だけど、学校には行っていない。
いわゆる不登校。
学校に行っていないわたしは、昼間からこうしてレイの元に行くのが日課。
台風でもない限り行かない。
まぁ実際台風が来たことはなくて、出会ってから毎日通っているけど。
「日向」
ママは少しだけ寂しそうにわたしの名前を呼ぶ。
パパとママは、わたしが学校に行かない理由を知っている。
知っている上で、「日向の自由にしなさい」と言ってくれている。
本当、パパとママには頭が上がらない。
「以前日向の担任から連絡があってね」
「学校に来いって?」
「違うの。
近々クラス委員長の男の子が、プリントとかを届けに行くみたいだから、その連絡よ」
「へぇ、先生直接来ないんだ?」
「色々お仕事で忙しいのよ」
学校の先生は大変だと聞く。
わたしは学校の先生じゃないし、身内に教職をやっている人はいないから、詳しくは知らないけど。
ニュースを見る限り、大変そうだ。
「ママ、わたしの代わりに受け取っておいてくれる?」
「日向が直接受け取りなさいよ」
「やーだね」
わたしはかれこれ半年ほど不登校が続いている。
その間にわたしの学年はひとつ上に上がった。
以前は真面目に学校へ通っていたから、留年することなく上がったけど。
クラスメイトは知らない人ばかりで、クラス委員長だという男子が誰かも知らない。
友達はいたけど…わたしが不登校になった理由を知らないから、学校に行かなくなってからは会っていない。
今わたしが交友関係を持つのは、家族以外ではレイだけなのだ。
「じゃ、行ってくるね」
「迷惑かけちゃ駄目よ」
「わかってるよー」
自宅を出て、徒歩1分もかからないレイの家へ体を向けると。
向こうから、わたしが在籍していた高校の男子制服を着た人が来た。
見知らぬ人だったのですれ違おうとしたけど、すれ違う直前、彼は立ち止まった。
黒髪に銀縁眼鏡をかけた、真面目が服を着て歩いているような風貌だった。
「笠木日向(かさき・ひなた)だな」
「……」
「俺はクラス委員長の遠山(とおやま)という。
担任に頼まれプリントを届けに来た」
予め台本を作ってきたのではないかと疑いそうなほど、彼はスラスラ喋る。
渡されたプリントの束を受け取り、家に置いて来ようかそれともこのままレイの家に行くか考えていると、遠山くんは溜息(ためいき)をついた。
「引きこもってゲームなどに没頭しているオタク女子だと思ったが、普通に出歩いているのだな」
「今すぐ世の中全員のオタクに謝りなさいよ」
「出歩けるのなら、何故学校に来ない?」
「別に良いじゃない。勝手でしょう」
「五体満足だし病気を患っているようにも見えない。
至って健康なら何故来ない?いじめか」
「勝手な想像をしないでくれるかしら」
「学校に来てくれないか。クラスメイトは待っているぞ」
「新しいクラスの名簿を受け取って見たわ。
でも、見知らぬ人ばかりで、顔と名前が一致している人がいても滅多に話すような人じゃないわ。
どうして見知らぬわたしを、クラスメイトは待っていられるのかしら」
「高校生活は今しか味わえない。つべこべ言わずにさっさと来い」
「わたしが不登校になった理由も知らないくせに、来いなんて軽々と言わないで」
わたしだって。
わたしだって、本当は学校行きたいんだよ。
でも、わたしはもう、行けないんだよ。
「……日向」
ふわりと。
優しい風のような、柔らかな声音。
わたしが目を見開くのと同時に、遠山くんが声がした後ろを振り返った。
「レイ」
視覚障がい者には欠かせない、白杖を片手に。
レイはたまに縁側で見せてくれる、コテンと首を傾げた動作をしていた。
「……誰だ貴様は」
「人に名前を聞く前に、自分が名乗るのが普通だろう?」
殺気を出す遠山くんに対し、レイは笑顔。
わたしは遠山くんの横を通り過ぎ、レイの白杖を持っていない手をそっと握る。
レイは突然握られたにも関わらず、驚かないで握り返してきた。
「遠山だ。笠木のクラスの委員長をしている」
「僕の名前は時任(ときとう)レイ。
日向の隣に住んでいるんだ」
時任。
いつもレイとしか呼んでいなかったから、そんな名字だったのかと驚いてしまった。
「笠木が学校に来ないのは、貴様がいるからか」
「え?」
「笠木は毎日貴様に会いに行っているから、学校に来ないのだろう。
笠木が学校に来るよう、貴様からも言っておいてくれないか」
「……そう無理矢理、学校に行かせないであげなよ」
「何だと?」
「日向が何故学校に行っていないのかわからない。
でも、日向が学校に行きたくないと思っているのはわかっているよ。
日向の意思を、尊重してあげれば良いのに」
「何故だ?
学校に来た方が今後有意義なことだってあるだろう。
貴様も学校に行き、多くのことを学んだだろう」
「僕は学校に行っていないよ」
「は?」
「色々あって家にこもっていたんだ。
その時もいたよ、君みたいに学校に来ないかって言ってくる人」
「……」
「でもそんなのお節介だ。
行きたくないのなら行かなければ良い。
さっき学校に来た方が今後有意義なことがあるって言ったけど、君はどうして日向の将来を心配するの?
日向の人生は日向が決めるもので、君も僕も誰であっても邪魔出来ない」
「綺麗事を並べるな」
「綺麗事を言ってはいけないなんて誰が言った?
日向は今、学校を休むことで同時に心も休ませている。
クラス委員長なら、もっとクラスメイトの意思を尊重してあげなさい」
黙って聞いていたわたしの手が、クイと引っ張られる。
カツンと、白杖が軽く地面を叩く音も聞こえた。
「行こう日向」
「レイ……」
「良いんだよ。
日向は日向のままで、良いんだよ」
振り向いてレイが浮かべた笑顔に安心して。
わたしは涙をこぼすと同時に、レイの手を強く握り、レイを誘導させた。
後ろから遠山くんの舌打ちが聞こえたけど、無視した。
舌打ちなんてどうでも良い。
学校なんてどうでも良い。
ただ、今は。
「日向」
「え?」
「泣いて良いんだよ」
縁側に着きいつも通りレイを定位置に座らせ、わたしも特等席に座ると。
レイはわたしの、ずっと繋いでいた手を引き、優しく抱きしめた。
伝わる優しいぬくもりに、わたしの涙腺はあっという間に崩壊した。
「日向は日向のままでいて。
そう、僕の隣にずっといてよ。日向」
どうしてだろう。
レイが泣いている気がしたのは。
……一体、どうしてだろう。
*つづく*
明日はブログお題書きます。
あ~!
ちょっと今回微シリアス?
遠山くんは今後も出てきます
レイと日向の関係を大きく動かす重要な存在ですので
ちなみに今回ふたりの本名
笠木日向(かさき・ひなた)と
時任レイ(ときとう・れい)が出てきましたが
レイ、実は漢字があります
レイの過去に関係がありますので、今は伏せています
今後出てきますので!
遠山くん本当はもっと柔らかいキャラクターにしようと思っていたのですが
思ったより硬い人になりました
書きやすいのでこのままいきます
一見名前には使わない漢字です
名前につけたら…周りからどのような目で見られるのでしょうか
学校に行かない理由が
日向とレイが隠している秘密や結末へのキーになりますね!
こんな感じの人クラスに居たような気もします
でも二人の家庭って温かみを感じますね
「レイ」
起立、礼・・・の礼ではなさそう
それよりなんで学校に行かなくなってしまったのでしょう
ん~?