『君の隣で笑えたら』#5
- カテゴリ:自作小説
- 2016/10/11 20:34:17
「……あれ?」
いつも通り通い慣れた道を行き、見慣れた背中をいつも通り視界にいれ、しりとりのように永遠に終わらない話をするのかと思っていたら。
見慣れた背中が、なかった。
わたしは静かに、見つからないよう歩いていたのを止め、落ち葉を踏みながらキョロキョロと辺りを見渡した。
するとわたしが来たのを待っていたかのように、縁側に沿って作られている襖(ふすま)がゆっくり開き、わたしを見てにっこり柔らかく微笑んだ。
「日向ちゃん」
「おばさんっ」
わたしが会いに来たレイのお母さんで、わたしのママと仲の良いおばさん。
小さな頃からおばさんは、おじさんと一緒にいつも並んでにこにこ笑っているような、穏やかな夫婦だった。
その間に突然現れたのが、レイ。
レイがこの時任家(ときとうけ)の養子だと、この間本人から聞かされたけど。
わたしはその事実に凄く驚いた。
レイはにこにこ笑い合っていたおじさんとおばさんの間に、いつの間にか立っていた。
それは突然のことだったのにわたしが驚かず、レイをこの家の実子だと信じ、おじさんおばさんを養親(ようしん)だと疑わなかったのは、それが当たり前のように出来ていた空気だったから。
まるでずっと、おじさんとおばさんとレイはずっと一緒にいる親子であるかと誰もが錯覚するように、彼らは当たり前のように立っていた。
あの当たり前の空気を作ることが出来るのは、きっとおじさんとおばさんがレイをとても可愛がって愛しているからで、レイもふたりのことを信頼し大好きだから。
「もうすぐ日向ちゃんが来る時間だってレイが言うから覗いてみたのだけど。
本当ね」
「おばさん、レイは?」
「レイね、今寝込んじゃっているのよ」
「え、風邪?」
「そんなに大事にはなっていないし、熱も下がっているから大丈夫よ。
昨日の夜、縁側でぼんやりとしていてね。
普段は朝自分から起きてくるのだけど、今日は待っても起きて来ないから様子を見に行ったら、熱を出しちゃったみたいなの」
「大丈夫?」
「ええ、お医者さんにも診てもらっているから、大丈夫よ」
「会っても平気?」
「ええ、玄関に回ってちょうだい」
わたしは玄関に小走りで向かい、内側からおばさんに開けてもらって家の中に入る。
レイの家は洋風2階建てのわたしの家とは違い、和風な平屋だ。
基本うちの中は絨毯かフローリングであるわたしの家だけど、レイの家は廊下はピカピカに磨き上げられたフローリングなものの、基本は畳張りの和室に襖。
わたしの家は畳張りなんてひとつだけの和室にしかないから、レイの家に来るとふわりとイグサの香りが鼻をくすぐる。
「日向ちゃん」
レイの部屋へ向かう途中、おばさんが振り返る。
「レイと仲良くしてくれてありがとうね」
「ん?突然どうしたの?」
「あの子人見知りで、それに目が見えないから外に行けなくて。
ずっとぼんやり縁側で過ごすしかなかったんだけど、日向ちゃんが来てくれてから凄く嬉しそうにしているのよ」
「……それはわたしも一緒だよ。
わたしだって、レイと一緒に過ごすの楽しいし嬉しいよ」
「これからも、レイと仲良くしてあげてね」
「勿論だよおばさんっ!」
歩きながらレイの部屋に着き、おばさんが軽く襖をノックして開ける。
物が必要最低限の縁側から近い部屋の中、レイは敷布団の上に寝転び目を閉じていた。
寝ているのかな、と思いながらおばさんの後に続いて無言で中に入ると、レイはゆっくり目を開けてこちらを見た。
「……日向、来てくれたの」
「えっ、何でわかるの」
「わかるよ、日向が来たことはね」
無言だったのに。
おばさんだって「入るわよ」しか声かけていないのに。
おばさんに手伝ってもらいながら上体を起こしたレイの傍に座ると、おばさんは「ごゆっくり」と部屋を出て行き、ふたりきりになった。
「日向」
レイはスッと手を伸ばし、わたしの肌に触れる。
そしてそのまま奥へ伸び、背中に当たる。
そのまま弱いけど頼もしい力で引き寄せられ、同時にレイの体もこちらへ動き、距離が縮まる。
そのままレイは、わたしの背中に当てっぱなしだった手と、もう片方の手を重ね、まるでわたしを抱きしめるような体制になった。
「……レイ?」
「……ごめんね」
「え?何で謝るの?」
「夢を、見たんだ」
「夢?」
「そう、夢。
幸い内容は覚えていないけど、もし覚えていたらすぐに忘れたくなるような夢」
「……」
「怖くて、飛び起きて、気付けば涙を流していた。
それで、日向が来る時間だって気付いて、お母さんを呼んだんだ」
「ん?
どうしてわたしが来るってわかったの」
レイは目が見えないから、時計が見えないはず。
どうやって時間を知ったのだろう。
「ん、感覚だよ。
なんとなく感じるんだ、もうすぐ日向が来るって。
だから日向が無言で僕に近づいても、わかるんだよ」
「……」
「疑ってる?」
きゅっと、わたしを抱きしめる手に力がこもる。
「……信じられないけど、信じる」
「え?」
「わたしは、レイを信じているよ」
わたしより大きいけど、少し小さな背中をそっとさするように撫でる。
どうしてか、わからないけど。
レイの心が泣いている気がしたから。
これがもし、レイのいう感覚だというのなら。
レイは泣いていて、わたしに助けてと叫んでいる。
「レイ、わたしはここにいるよ」
例えそれが残酷な嘘でも。
「……ありがとう、日向」
レイはわたしを離すとふわりと、柔らかく微笑んだ。
……傍にいると、似るのかな。
おばさんとそっくりな笑顔だ。
やっぱりおばさんとレイは、親子だね。
レイは手探りで布団を掴み、ゆっくり潜っていく。
「レイ、大丈夫?」
「日向が来て安心して…少し眠くなった」
「そう」
「日向、僕のお願いを聞いてくれる?」
「ん?なぁに?」
「手、繋いで」
少し甘えん坊なのは、熱のせいなのか。
それとも、レイの心が涙を流しているからか。
「良いよ」
わたしは布団から恐る恐るという風に出ていたレイの手を握る。
君が悪夢を見ないように。
君の心が涙を流さないように。
レイはわたしの手を握り、安心したように微笑むと、目を閉じる。
本当に安心したのか、すぐに穏やかな寝息が聞こえてきた。
「……レイ」
わたしは小さくその名前を呼び、繋いだ手を離さぬよう布団の傍に横になる。
レイの、滅多に外へ出ないから紫外線なんて浴びない、汚れなき真っ白な手を握る。
「……レイ。
わたしのお願いも、聞いてくれるかな」
狸寝入りをしていたとしても。
本当に寝ていたとしても。
わたしは残酷で、でも透明なお願いごとを口にする。
「わたしの隣に、いてよ」
*つづく*
消しただ時間がないだで、#4から随分日付が経ちましたが、#5です
初登場、レイのお母さんです。
日向とは小さな頃からの顔見知りの関係ということもあり、
おばさんと呼んだりタメ口で話したりしています。
決して日向が失礼だということではなく、ふたりの信頼関係の深さです。
そしてレイ。
レイがお母さん呼びなのは、
お母さんとなっていますが実際はお義母さんだから。
まぁ戸籍上養子と養親という関係でも、親子ですから。
お義母さんですが、お母さんと呼んでいます。
#6あたりには、遠山くんを載せたい
のんびりほのぼの関係を少しだけ崩してみたいですね
いつになるかわかりませんが
#6、楽しみにしていてくださると嬉しいです(*^^)v
悪夢の内容は漠然とですが決めていますね
ほのぼのした空気を作ることはやっぱり気にしていますね
なにげない日常の中で、大事なかけがえのない時間ですから
遠山くん…どんな感じに出てきますかね?笑
楽しみにしてくれているのは嬉しいですね(*^^)v
悪夢の内容って何なのでしょうね
ちょっと気になる所です
正夢でない事を
祈っています
流れていく二人だけの時間が
なんとなく素敵です
遠山君ですかぁ~
どんな感じでまた登場して
何が起こるのか?
#6
待ってます・・・です^^