Nicotto Town



何もない町(前編)

 帯広空港に降り立ち、レンタカーを借りた。高速道路は、山あいの足寄町で終わり、陸別町へとつづく国道の脇には、除雪車に押された雪が山のようになっていた。路面が圧雪になると、東京に引き返したくなってきた。はじめての雪道の運転で、怖くてスピードが出せない。後ろの車がイライラしているのが伝わってくるが、雪山が邪魔で、追い越してもらうためによけることもできない。思い付きで、冬の北海道に来たことを後悔していた。

 五郎は、東京の映画撮影や映像編集の専門学校に通っていた。専門学校の授業で市町村が町おこしのために作成したPR動画のレポートを提出した。レポートで、陸別町が作ったPR動画「りくべつ 冬」を酷評した。8分間の動画なのに、入浴シーンしか印象に残らない。しかも、6分30秒後だ。多くの人が入浴シーンの前に、動画を見ることを止めているだろう。視聴者の視点にたった動画を作成すべきだと書いた。

 しかし、年末に陸別町のPR動画は、米国アカデミー賞公認、アジア最大級の国際短編映画祭ショートショートフィルムフェスティバルで大賞を受賞した。五郎が自分のセンスに自信を無くしていると、専門学校の教師に、自分の目で陸別町の風景を眺め、自分の評価が正しいかどうか確かめてきたらいいと言われた。

 五郎は、陸別町の道の駅に着くとほっとして、煙草に火を点けた。雪道が怖くて、運転中は煙草を吸うことができなかった。煙草を吸い終わると、トランクからバックを出し、循環バスの待合場所に向かった。待合場所からは、シバレフェスティバルの会場までの送迎バスが出ている。

 陸別町の1月の平均最低気温は―20度、トマム地区では―40度にもなる。日本一寒い町と呼ばれ、それを逆手にとったイベントがシバレフェスティバル。暖房無しで一夜を屋外で過ごす。命の危険と背中合わせのイベントだ。五郎は、PR動画で紹介されていたこのイベントに参加を申し込んでいた。

 会場に着き、参加申し込みをすると、一夜を過ごすバルーンマンションに案内された。風船に水を吹きかけ凍らせた氷のかまくら。翌朝7時まで、寒さに耐えることができたら、耐寒テストをクリアした認定証をもらうことができる。
 会場は、よさこいやスリムクラブや天津が参加するお笑いトークショーも開催されてお祭りのような雰囲気。屋台も出ていて、町の人たちも多く、にぎやかだった。

 夕方になり、夕飯にしようと、かまくらの外で、キャンプ用のガスバーナーを使ってお湯を沸かしていた。かまくらの中での暖房や火の使用は一酸化炭素中毒の危険があるので、禁止されていた。
「兄さん、どっから来たの。」
「東京から来ました。」
「北海道にきて、カップラーメンってことないっしょ。一緒にいくべ。」

 歩きながら、声をかけてきた男は、中畑と名乗った。町営の診療所で医者をしていて、主催者から救護の役割を頼まれているが、テントで待機しているだけは面白くないので、毎年、診療所の仲間と耐寒フェスティバルに参加していると言った。

 中畑は、バーベキューをしていた人たちに紹介してくれた。
「東京から来た学生の黒板君。カップラーメンを食べようとしていたので、無理やり誘った。暖かく迎えてやってや。」
「黒板です。お邪魔します。」

 バーベキューを囲んでいたのは、中畑の奥さんのみずえさん、小学生のお子さんと看護師の蛍さん。中畑は、仕事中だから酒はないけど、肉はあると言って、好きなだけ食べろとジンギスカンを次から次へと焼いた。ジンギスカンの肉は、クーラーボックスの中にカイロと一緒に入っていた。日が暮れて、気温は-15度。みな、手袋をしたまま、箸を使ってジンギスカンを食べた。

「蛍さんって、PR動画に出られてませんでしたか。」
「恥ずかしい。見たの。」
「はい。その動画がきっかけで、陸別に来ました。」
「黒板君、蛍ちゃんがきっかけで来たんか。きっかけは何でも、陸別に来てくれてありがとう。寒いだけで何もないけどな。」

 食べ終わり、バーベキューの片付けを手伝っていると、花火大会が始まった。花火大会が終わると、集まっていた多くの人達も帰り、耐寒テストの参加者だけが残った。会場では命の火と呼ばれている大きな焚火がはぜる音だけが聞こえ、時間が経つごとに気温が下がっていった。

 五郎が珈琲を飲もうと、かまくらの外でお湯を沸かしていると、蛍が通りがかった。
「黒板君、珈琲を淹れているの。ご馳走になっていい。ここの自動販売機は、耐寒テストだから、冷たい飲みものしかないの。」
「どうぞ、今、落としてますから、少し待ってください。」
 五郎は、サーバーから珈琲をカップに注ぐと蛍に渡し、五郎はカップラーメンの中身を取り出して、カップ代わりにして珈琲を注いだ。

 蛍は、手袋をした両方の手のひらで、カップを包み込むように持ち、珈琲を飲んだ。
「美味しい。黒板君は、どうして、参加しようと思ったの。」
「PR動画を見て、蛍さんは綺麗でしたけど、陸別町のいいところが伝わってこなかったんです。それで、自分で陸別町のいいところを見つけられたらいいなと思ってきたんです。」
「上手く伝えられなかったのね。だから、私も、プロに頼んだ方がいいって言ったのよ。でも、医院長に町民が参加することがいいんだって言われてね。渋々出たのよ。」
「蛍さんがということでは、ないんです。撮影や編集の勉強をしているので、もう少し、この町のいいところをPRできるんじゃないかと思ったんです。」

「この町のいいところね。私も東京に住んでいたことがあるの。東京には、何でもあるけど、ありすぎて、絵画に興味なんてないのに、フェルメール展があると並んで見たり、時間があると何かしなきゃと思って映画を見たり。ミュージカルの新作があると申し込まなきゃと思ったり。美術や演劇を本当に好きな人はいいんだけど、私は、そうじゃなかったわ。楽しくないわけじゃないけど、満たされていなかったの。」

つづく

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2019/01/20 00:15
さなちゃん
10代は脂肪が少ないからシバレチャレンジに不利かもしれない。ひょっとしたら、今の方が耐えることができるかも。

環謝さん
まだ、参加したことないです。会社では誘いましたが、付き合ってくれません。12月にTシャツ一枚で過ごしている環謝さんなら、参加しても大丈夫。

たまちゃん
DVDを見るたびに、テナルディエにドロップキックをしたくなります。映画館で観た時の感想は、みんなすごい歌が上手いということと長いなということでした。

mさん
トマムの大人気は雲海テラスですね。5年前に泊まりましたが、天気が悪くていけませんでした。夏なら川下りやアウトドア、冬ならスキー。ちなみに、陸別のトマムとは別の場所になります。

オレンジ先生
ほんとは、引きこもり系なのに、無理してでかけているのかも。いや、無理はしてませんね、楽しんでます。

ゆりかさん
入浴シーンが忘れられず、それ以外は忘れてしまいました。もう、陸別町とは関係ないですね。温泉PRビデオです。かまくらでお餅を焼いたり、甘酒を飲んだりしてみたいです。いいですね、そんな経験があって。
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2019/01/18 07:45
おはようございます、沖人さん。
私は入浴シーンよりも、タオルやかまくらのほうが印象に残りましたよ(*^^*)
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2019/01/17 22:29
蛍さんの言葉は
沖人さんの思いなのかな~^^
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2019/01/17 22:05
トマム~行ってみたい~(^^)/
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2019/01/17 21:52
うわぁ、シバレフェスティバル・・・無理っ!私はすぐに冬眠しそうw
ミュージカルの中でもやっぱりレミゼはいいですよね。何しろ歌がいい。
山口祐一郎さんが結構好きで、彼のジャンバルジャンのときに見ましたが、
ボロ泣きしました。
ヒュー・ジャックマンの映画も当然見ましたが、大泣きしました(ほぼ全員泣いてたから恥ずかしくない)。
そのDVDも買いました。家なら思い切り泣けるからいいです。
蛍さん、もしかしてレミゼを見てないな?www
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2019/01/17 08:09
これって、本当に行って来られたんですか??
以前の日記でチラッと一緒に行く人を探していたように書かれていましたが(・・;)
寒いのも暑いのも苦手な私には、読んでいるだけで震えてきます(*´Д`*)

余談ですが 何故か職場内では私が一番薄着の人のようで、極暖ヒートテックを来ている先輩から、
ねぇいつまでTシャツだけなの?と問われて
寒くなったら着ますと答えると、もう12月やで!今は冬やで!?と言われたのを思い出してました…( ̄▽ ̄)アレ?
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2019/01/17 01:00
登場人物の名前を見て吉野家のCMを連想してしまいましたw
二朗さんの五郎さん好きだったなー(* ´艸`)クスクス

シバレフェスティバル、10代だったら絶対参加してました。
あれだけ雪国に憧れてたのに今はもう寒さには勝てません(ノ∀`)アチャー




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