Nicotto Town



マーキュリー・レボリューションズ

健介は主任になり、都心地区のシフトや時間管理を任されるようになった。運送業の営業経費の半分以上が人件費であり、会社側のコスト管理が厳しく、残業手当が満額支給されることはなかった。

前任のやり方を引き継いで、残業時間に応じて案分したら不満が出た。渋滞を避けて効率的に配達しているドライバーもいれば、漫然としているドライバーもいた。ダラダラして配達の遅いドライバーの手当が多くなる。

真面目に働いている方が損をするのはおかしいと言われ、残業時間を均等割りにした。今度は、渋滞するエリアにあたる回数が多いと損だと文句を言われた。今までの主任はベテランだったが、若い健介が主任になり、それまで溜まっていた不満が出るようになった。

これまでの実績から、渋滞が多く配達時間がかかりやすいエリアを2点、時間内に終わりそうな地域を1点と差をつけたり、高校生や大学生の子供がいてお金が必要な人を、手当が多くなるルートにシフトを入れたりと、ドライバーと話し合いながら、試行錯誤を繰り返した。

元々、人付き合いが苦手でドライバ―の仕事を選んだが、他のドライバーの不満を聞いたり、話し合ったりするうちに、健介は辛抱強く人の話を聞くことができるようになっていった。

主任になってからは、シフトの穴埋めや配達する荷物が多いときの一部肩代わりのバックアップが多かった。年末に、日本橋の老舗デパートのブティックから、一日前倒しで荷物を届けてほしいと依頼があった。

デパートは、トラックヤードで荷物を降ろすと、館内は一括配送する仕組みがありテナントまで荷物を運ばなくていい。今回は、急いでほしいとの依頼だったので、健介はテナントまで荷物を運んで行った。

貨物用エレベーターに乗り、バックヤードを段ボールを抱えて歩いた。吹き抜けに煌びやかなシャンデリアや天女の像が飾られた華やかなデパートも、壁の裏側は、むき出しのコンクリートに沿って段ボールが積ねられていた。

3階のバックヤードから、インターフォンでブティックに連絡する。
「二コタ運輸です。本日中の配達の依頼を受けた荷物を持ってきました。」
「はーい。いま、いきまーす。」
懐かしい声がした。

「わぁ、健介さんじゃない。久しぶり。」
「7年ぶりだね。日本橋のお店に移ってたんだ。はい、荷物。」
「ありがとう。お客さんから、明日の朝、服を受け取りたいって連絡があったの。お得意さんだから、無理を言って配達をお願いしたの。今度、お礼をするわ。」

その後、希実子からLINEがあり、何度か映画を見て、何度かご飯を食べ、何度か口づけをした。

『コロナが心配だし、私の部屋で映画のDVDを見ようよ。』
希実子からLINEがあり、東野圭吾の「容疑者Xの献身」を見た。

アパートの隣に住む母娘を救おうと、身代わりになるかつての英才石神。人智を尽くしてアリバイ工作をするが、湯川に真実を告げられた母靖子が自供し、全てが徒労に終わる。

「石神って、健介さんに似ているわ。才能があるのに、引きこもって、もったいない人生を送っている感じ。」
「石神は数学さえあれば幸せだったと思う。彼には、お金も名誉もいらなかったと思う。好きにものに囲まれていたら、それだけでいいと思う。」

「あっ、ここ、白馬の八方尾根よ。長野オリンピックのアルペン競技も開催されたの。高校生の頃、よく行ったわ。」
「俺は、四国だから、スキーをしたことないや。」

希実子は、夕飯を作り始め、健介は映画の続きを見ていた。映画を見終わると、健介は、希実子が言うように、自分は福山雅治演じる華やかな湯川ではなく、悲しい結末を迎える堤真一演じる石神だと感じた。

しばらくするとテーブルに夕飯が並んだ。
「蕎麦って、和食だと思うでしょ。違うのよ。ロシアは日本の30倍、フランスは5倍も蕎麦を食べているの。食べ方は違うけどね。蕎麦って凄いでしょ。」

ロシアは蕎麦の実をお粥のようにして食べるカーシャが有名。日本では、唯一徳島の祖谷地方で蕎麦の実を米のようにして食べる。蕎麦の実を茹でて、出汁、醤油、酒、塩と鶏肉、人参、椎茸と煮て、汁粥のようにして食べる。

フランスはガレット。ノルマンディー地方は小麦がとれず、蕎麦がパンの代わりになった。分厚く固めのクレープ生地に、ハムや海老を包んで食べる。ロシアではブリヌイ、スロヴェニアではスレバンカやシュクトリーと呼ばれ、ブータンや中国にも同じような料理がある。

テーブルには、祖谷風蕎麦汁、クリームチーズとスモークサーモンがのったガレット、鶏肉とトマト、パプリカをワインで煮込んだパプリカ―シュと付け合わせのカーシャが並んだ。

「初めて、健介にご飯を食べてもらうから、頑張っちゃった。美味しい?」
「美味しいよ。こんなに蕎麦料理があるって知らなかった。」

健介は、うどん派であるが、蕎麦が嫌いではない。良き、ライバルだと思っている。

「やっぱり蕎麦よね。うどんって、病気にした時に食べる感じがするし、蕎麦のような高級感がないよね。」
「そうかもしれないね。」

うどんとよく似た素麺は平安時代に宮中で儀式に使われ、食べられていた。平家物語か何かに書かれていたが、高僧が蕎麦の前身の蕎麦がきを食べて、何だこれはと言ったように、蕎麦は庶民の食べ物で貴人が食べるものではなかった。そんなことを想いながらも、健介は黙っていた。

「蕎麦って、ご飯と比べると炭水化物が2/3しかないから、ヘルシーなの。うどんって、炭水化物の塊よね。香川県って、糖尿病率全国1位なんだってね。」
「毎日、食べてるからね。」

健介は顔をしかめながら答えた。踏み絵を迫られたキリシタンのような気持ちだった。神様が偶像を踏んだくらいで怒るはずがないように、うどんの神様は、蕎麦を褒めたくらいで怒る肝っ玉の小さい存在ではないだろう。

「蕎麦打ちって、難しいのよ。つなぎを使わない十割蕎麦は、蕎麦職人じゃなきゃ打てないわ。うどんは、全部つなぎと一緒だから、誰でも打てるんでしょ。」
「そうそう、簡単にできるから、今度、うどんを作ってみたら。。。」

健介の眉間の皺が一層深くなった。うどん打ちは、土三寒六と言って、夏と冬で塩分濃度倍半分に変化させるくらい敏感だ。それに、麺状の切蕎麦は、江戸時代にうどんを真似して出来たバッタモンだ。

健介は、7年間で成長した辛抱強さのために我慢できているのではなかった。7年間で成長した希実子の大人っぽい身体が、ここで、蕎麦と戦ってはいけないと健介を辛抱させていた。

食事の片付けが終わった。ベッドに二人で座り、健介は希実子の肩を抱き、唇を重ねた。・・・(中略)・・・希実子は、健介の首筋に唇を這わせながら、健介のシャツのボタンをはずしていった。

「やっぱりだめ。健介さん、本当はうどんの方が好きなんでしょ。私、蕎麦だけは譲れないの。長野県民だもん。蕎麦が一番でないと、まるで、私が否定されたみたいに感じちゃうの。」

健介は呆然としていた。何が悪かったんだろうか。心にもないことを言ったために、うどんの神様のバチがあたったのだろうか。健介はベットから起き上がると、ボタンの外されたシャツがめくれた。そこから見えたピンクのTシャツには、セーラーマーキュリーがにっこりと笑っていた。

アバター
2020/03/03 17:48
スズランさん
うどん、蕎麦、小さい頃から食べて育った地元の名物には、思い入れが出ちゃいますね。子供の頃は、好きでなかったものも、大人になるにつれて、美味しく思えてきます。地元の瓦煎餅も固くて、ポテチやかっぱえびせんの方が美味しくて、おやつに出ても食べませんでしたか、今は、素朴な和三盆の甘みがお茶に合うと思えるようになりました。
アバター
2020/03/03 16:52
マーキュリーVSブティックになりましたね~!
饂飩VS蕎麦は譲ったのは偉いです(笑)

ここまできて、お互いブレないのは大したものです。
「悲しい結末を迎える堤真一演じる石神だと感じた。」というフラグが立ってたので、
予想はしましたが、題名通りで納得しました。
今後がどうなるかも、続きが気になる2人ですね(;'∀')
アバター
2020/03/02 18:06
麻衣さん
7年間鍛えた精神より、本能の方が忍耐には有効なのです。おしゃれしたり、勉強したり、本能が若者を成長させるのでしょう。おっさんが、着の身着のままになったり、ゴロゴロしてしまうのは、本能が劣化してしまうからに違いありません。ピンクのTシャツは、よれよれかもしれませんが、お気に入りなのです。

オレンジ先生
1年後だったら、恥ずかしくて話すことができなかったかもしれません。7年の月日が過去をまろやかにしたのでしょう。同窓会効果です。しかし、ピンクのTシャツが、鮮明に記憶を呼び覚ましてしまった。この人は、ちっとも変っていないと気づかれてしまった。次回は、プリキュアのTシャツにして、イメージチェンジを図るべきです。

りんごさん
なんと、去年はセーラームーン25周年プロジェクトで、ユニクロからTシャツが1500円で販売されていました。ネットで見ると、それなりのTシャツは、7000円以上します。去年、セーラーTシャツを買わなかったかったことを後悔しています。買っていれば、毎日、会社に着て行きました。

環謝さん
いえいえ、男の9割以上は食べ物に、こだわりはないと思います。今日、何食べたいと聞かれたら、何でもいいよと答えると思います。わたくしも、ファミマでもローソンでもセブンでも、どこのシュークリームも大好きです。できれば、カスタードと生クリームのWシューがいいです。

ろくさん
また、夜中に酔払ってますね。仕方ない、大人のテクニックを教えてあげましょう。ワイシャツの黄ばみは、洗濯石鹸が効果的。塗りこんで温水に漬けて揉み洗い。経験豊富なテクニシャンは、ベビーパウダーを首にポンポンしている。そうしたら、汗が襟につかずに汚れにくい。
アバター
2020/03/02 16:52
あずさちゃん
7年後は、まだ、大学生。おっちゃんは、八丈島でうどん屋兼スイーツショップを開いているので、夏休みにバイトで雇ってあげる。スカーレットのワンピの代に割烹着をプレゼントする。フランスからのサーファーの通訳をしてもらう。うどんとスイーツは、食べ放題だ。

つん
読みが深い。衝突したことによって、仲が深まることもある。例えば、悟空とベジータである。ピッコロ大魔王のように第3の敵がやって来ると、いっそう分かりやすい。おそらく、パスタ好きのマルガリータがやって来て、二人の愛が深まるのでしょう。

れんげさん
海老を食べれないなんて、お母さんはかわいそう。年越し蕎麦が寂しくなってしまいます。趣味や好みが違っても、相手の好みを受け入れることができれば、2倍楽しめます。そのためには、好奇心が必要ですね。よく分からないバレエを見ても、我慢して起きる忍耐力も必要です。

たまちゃん
蕎麦の方が軽く感じるのは気のせいです。蕎麦のお椀が小さいのでしょう。わんこ蕎麦が動かぬ証拠です。蕎麦は自由にトッピング出来ませんが、うどんは乗せ放題です、たまちゃんは、うどんを頼んだ時に、ついつい乗せすぎているのかもしれません。トンカツトッピングで我慢しましょう。

wineさん
うどんを譲ってはダメです。香川県民のアイデンティティーです。いくら、満濃池を誇っても、他県民にはヘェーと気のない返事をされ、四国内でも、早明浦ダムだよねーと言われるでしょう。
アバター
2020/03/02 02:24
またマーキューリーかーいってなったよ。それかーい
ってか、そこまでいったら最後までやらんかーい
ボタンは自分ではずしなさーいw
あたすは全部脱がしてもらう派!(キリッ

さて、寝るか。
アバター
2020/03/02 00:00
相変わらずアンハッピーエンド系なお話しになってきた。。。???
まぁ、、食べ物の不一致はかなり難しいからなぁ。。。
アバター
2020/03/01 23:06
二コタ運輸・今話題のコロナなども お話の中に入っていて、まるでリアルの世界のように感じました
「セーラーマーキュリーがにっこりと笑っていた」っていうところを読んだとき自然と顔がニッコリになりました。楽しいです(*´艸`*)
アバター
2020/03/01 22:27
7年後のお話・・・
2人がつきあうなんてー^^
でも結局・・で笑っちゃいました。
これからどうなるのかなぁ^^
アバター
2020/03/01 21:24
どうしよう・・・笑い転げてしまって起き上がれませんw

せっかく沖人さん…いや、健介さんのバリバリな下心が
爆発寸前の怒りを鎮めてくれたのに(≧▽≦)
どうしてそこでセーラーマーキュリー…着て行っちゃってるんですかー!w
バッタリ再会してしまったその日というのであれば
まだ話は分かりますけど~( ̄▽ ̄;)

7年もの間、大切に大切に着続けてもらえているTシャツさん、お幸せですねw

【P.S.】部長さんではなく、主任さんだったのですね?www
    ですが今後も「部長」と呼ばせて頂きまーす(^_-)-☆
アバター
2020/03/01 20:26
wineはうどんは譲れるけど、希実子さんとは食事しないだろうなあ。
アバター
2020/03/01 20:23
おぉ、その後の物語だ!と思ったら、最後にまた笑わせてもらいました♪♪♪
2人ともブレなくていいですね。
彼女の部屋に行くという日でも、ちゃんとセーラーマーキュリーのTシャツを着てるしw
うどんと蕎麦を選ぶときに、私がとっさに蕎麦を選んでしまうのは、
たぶん、蕎麦の方がお腹に軽く感じるからだと思います。
うどんも好きなんですけど、胃にずっしり来るような気がして、
つい蕎麦と言ってしまいます・・・^^;
アバター
2020/03/01 19:47
二人が何度も出会うのは、、共に生きるべき相手だからか、
相性の悪さを再認識させるためか、あるいはまだ学ぶべきことがあるのか…
違いを楽しめると関係性は豊かになるけど、、
食に関しては、なかなか難しそうです(~_~;)、、
続きを、楽しみにしてます!

海老好きの父の為に、”カブトムシの幼虫みたいで、吐きそう”と言いながら、
青い顔をして海老の下処理をし、海老天を揚げていた母を思い出しました。。
アバター
2020/03/01 19:03
7年経った沖人さんとわたしだったら

わたしが 鶏雑煮、イカと里芋の煮物を作ってあげる
ドゴール空港で通訳する 靴磨きしてあげる

沖人さんが おうどんとスイーツとパンといっぱいご飯を作ってくれる
家庭教師みたいになんでも教えてくれる スカーレットみたいなお洋服を
買ってくれる 
どかな?
アバター
2020/03/01 18:22
うふふf^^
沖久さん ホントに凄い~
ところどころに出てくるキーワードにニマニマ(。≖‿≖)しちゃいましたw
面白かったですw

きっとこの二人は なんだかんだと言いながら ハッピーエンドがいいなぁ^^
そして・・・ピンクのセーラーマーキュリーのTシャツ姿でキッチンに立つ希実子さん、
その後ろ姿を見て幸せを感じる健介さんw  ね、いいでしょぉ~(*´▽`*)

心優しき作者さんは きっと素敵なエンディングを考えてくれているのでしょうね~♪
アバター
2020/03/01 16:56
蕎麦もうどんも両方美味しく食べれていいよねっ
得意分野を担当して二人でいたら最強に楽しめると思うけどなぁ
シャツのボタンはずしてあげるんだー へぇぇ




Copyright © 2024 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.