Nicotto Town


JEJE 昔の名前ででています。


感謝の気持ちを忘れずにね

テディーベアー
  
い頃に父が買ってくれた それはかわいい ぬいぐるみ
  
いつも 帰りが遅くて会えない日 たくさん あったよね
  

母が 毎晩 子守唄を歌ってくれて 

となりで眠りながら 決して離さなかった テディーベアー
  

時々 夜中に目が覚めて 母は一人で テレビを観ていた
  

母も私もいつも笑っていたけれど 

本当は 二人とも 淋しかったんだよね
  

「パパが いつも夜食に食べていたラーメンを 半分分けてくれて 太っちゃたよ」と
  

うれしそうに そして 父に感謝を込めて 話してくれた母の姿
  

大学になって 一人暮らしがしたくて 家を出た事もあったよね
  

だけど いつも 私のベッドには あのテディーベアーおいてあったよ
  

私の結婚が決まった時に 一番喜んでくれたのは 父だった
  

だけど結納の日に最後 キッチンに足を運んで 

涙を拭いていたのを 私は 気づいていたよ
  

永遠なんて事 この世に無い事ぐらい 誰もが知っている
  

だけど 私はその時 永遠が存在すると信じていたかった
    

今は 父も母も 年老いて 

やっと二人で 仲良くずっと一緒に暮らしているね
  

私は 反対に 家族を失い この年になって 心配ばかりかけているよね
  

やっぱり この世の中には 永遠なんて事無いのかな?

全ての人がわかっている事なのに
  

だけど お願い こんな私になってしまったけれど 

永遠に あなた達の娘でいさせて下さい
    

今でも 一人ぼっちのベッドの上で テディーベアー笑い続けているよ
  

淋しくて負けそうな時には 今でもテディーベアー抱きしめて 涙流して
  

そんな私を テディーベアーは 私を守ってくれています
   

永遠なんてありえない事だけど 

永遠に私を守り続けて ずっと私を見守って
 

  
この世に生を与えてくれて ありがとう

そして・・・いつまでもあなた達の娘でいさせて下さい

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2018/02/22 17:38
>マリアージュさんへ
此方への、コメント本当にありがとうございました。
何か、私のブログと重なってしまいますね。

自分の辛い事告白して下さり、本当に申し訳なくまた苦しんで生きている人が私だけでは無いと心強くなりました。ありがとうございます。

私は、本当に医者泣かせの病人です。何故って?って殆ど抗生物質も抗菌剤も使えない。他にも沢山使えない薬が沢山あります。

今は毎日今日と言う日が普通に送れて、また明日も今日と同じ日である事が一番幸せだな・・・と思っています。

一つ病気を乗り越えたら、昨日ブログに書いたように次の年に意識不明で倒れてしまいその後色々と調べて見たら一生薬を手放せない「脳」の病気がわかり、またちょうど今から11年前に急に右足に違和感。

変形性股関節症、翌年「人工股関節」を入れるのではなく「自分の骨を利用しての大手術」それまでは「テニス」「乗馬」と本当に走り回っていたのに・・・その足さえいう事が効かなくなり・・・

今度は、そろそろその右の股関節も手術をしていない股関節ももう限界なのですが、何せ「人工股関節」は長く持って「20年」と言われています、手術のタイミングが難しくてね。またしばらく「痛み」との同居で過ごす日が続きます。

良い先生なら阻止して良いじゃないですか^^

自分に向き合う事が、一番大切な事だと思います。
マリアージュさんは、幸せですよ。一緒に向かい合ってくれている先生がまだいらっしゃるのだから。

私は・・・まだ一人総合病院に残っていますよ。私を支えてくれている先生が。
私を精神的に支えてくれています。
10年前に股関節の手術をする時にも、手術の1週間前に病院に入院するのですがその前日に、外出許可を得て「病院へ来るように」と手術する病院側に連絡があり、きちんと心のケアをして頂きました。

お互いに、病には負けずにマイペースで過ごして行きましょうね。
今日もとても寒かったです。お体には十分お気をつけ下さい。
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2018/02/21 23:04
こんばんは。
お世話になった先生とのお別れは辛いですね。寂しいし不安だし、、、><
何より自分の身体具合いを把握していて下さる先生なら私も大泣きすると思います。

ドクターヘリで運び込まれ「今夜がヤマです」と言われ、家族の誰もが諦めかけていた時、
救生主が現れました。14年前の事です。それから苛酷なやり直し人生が始まりました。
後遺症で不自由な体になりました。主治医は手を尽くして下さいましたが、
耐え難い痛みに、あのまま逝ってしまいたかったと何度も思いました。
大病院の名医で次期医院長になる高名な医師で、腕も人望も厚い方です。
その名医が執刀して下さるれば助かると崇められていた医師です。

いつも穏やかな目で私を見守って下さっています。
退院して週一日の通院が始まり数ヶ月経った頃に突然
「ゴメンね。治してあげられなくて」と言われました。
なんでも私の夢を見たんだそうです。
院内一、担当患者を抱えている先生です。
あまた居る患者の一人でしかない私を何かと気遣ってくれています。

入院中に誕生日を迎えた私の誕生日会を開いてもくれました。
その時は5階の病棟にいたので、5階の談話室を飾り付け楽器を持ち込み
看護師さん達と、動ける入院患者さん達が大勢集まって演奏会が始まり、
全員での合唱もありました。その時に頂いたバースディカードは今も大切に持っています。
例外中の例外だそうで、誕生会を開いて貰った人は後にも先にも私だけだそうです。

ついこの間の事の様に覚えていますが14年も前の事です。
14年間もの間、陽の射さない暗闇でもがき続けています。
主治医は相変わらず優しい目で私に寄り添ってくれています。
腕の良い医師なのでヘッドハンティングが多いのですが私が阻止しています^^;

長文失礼しました。
ブログの流れに影響が出ない様に過去記事に書かせて頂きました。
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2012/09/30 11:57
人は生きているといろんな事が起きますよ㋧
無理を言ったり、ワガママしたり、こまらせたり、・・・・
それはそれで良いんだと思います。
親子だから出来るんです。

そして、ふと立ち止まった時に
自分はたくさんの人に支えられていることに気づき
「感謝する」
これだと、私は思います。

人生は修行の旅です。楽しく乗り換えて行きましょう。

ブログにこんな事をかけるJEJEさんは偉いです。



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