Nicotto Town



け込むように朽ちてい


 於松が見つけてきたのは山あいに溶け込むように朽ちている廃寺であった。善兵衛は隠密行動に徹底している牛太郎に
「このような真似をせずとも」
 宿泊先なら寺社なり地侍の屋敷なり用意できると何度も言ってきたが、牛太郎は首を振るばかりで、昆虫が駆け回っている本堂の様子に新三がうんざりと顔をしかめる。
「本当に武田の忍びが殿を追いかけているんですか?」
 なかば怒っている。
「黙れ。臥薪嘗胆だ」
「意味がわかって言っておられるのですか?」
「ごちゃごちゃ言うんなら、一人で岐阜に戻ってもいいんだからな」
 むっと口をつぐむ新三。
 牛太郎は手拭いでさっと床の埃を払うと、その場に平然と寝転がった。岐阜や堺ではそれなりの贅沢はしているものの、摂津高槻でも似たような廃屋で寝起きしていたし、さらなる過去に至れば、
「美濃の調略のときは野宿ばっかだったんだからな。食い物は雑草だったしよ」
 と、経験は豊富であった。
「私が聞いていたのは京だったのに」
 信貴山城での軟禁生活でも愚痴をこぼさなかったのに、新三は半べそだった。まあ、この子供はまだいくさ場も経験していないから、工作活動全般の泥臭さとは無縁で仕方ない。
「今日は一休みするけど、明日はこの辺一帯を回るぞ。お前はおれの助手として連れてきたんだから、ちゃんと働けよな」
「疫病にかからないうちに帰りましょう」
「バカかお前は。病気にならなくても、いくさで死んだら元も子もないだろうが」
 ハア、と、新三は溜め息をついて、とぼとぼと本堂を出ると、破れ布をどこからか拾ってき、それで床を磨き始めた。
泥まみれ新三

 翌日、牛太郎は長篠城の目前までやって来た。
 信濃の山から注がれてきた二川がY字に合流して吉田川と変わる地点、断崖絶壁に長篠城は城郭を形成している。
「ここから先が奥三河。信濃へと続く山道です」
 善兵衛の言葉を隣にして、吉田川の川岸から牛太郎はじいっと長篠の城郭を見つめる。
 北方には山々が広がっていて、どう見ても大兵力を向かい合わせる決戦地には適していない。かといって、山道で待ち伏せるような方策では、敵方の兵力の大部分を削ぐ前に、武田軍は信濃へと引き返してしまう。
 となると、決戦地は長篠城以南になる。
「難しいなあ」
 いくら武田軍を引き寄せるためとはいえ長篠城を渡すわけにはいかない。
 牛太郎の想定する「長篠の戦い」での大目的は武田軍の弱体化である。この玄関口に拠点を与えてしまえば、信濃の各所と繋ぐ補給線を構築されてしまう。そうともなれば、決戦地で大勝する前に武田軍は拠点へと引き返してしまい、まして、攻城戦は野戦の数倍の労力が必要だから、織田軍はじり貧に陥ってしまうだろう。
 すると、長篠城を落とさせないままに、決戦地へと誘い込む手段が必要だ。百戦練磨の武田軍がそんな馬鹿な真似をするだろうか。
 だいいち、牛太郎が想定しているいくさは、武田軍に長篠城攻めをさせなければ、何も始まらない。
「調略だな」
 ぼそりと呟いた牛太郎に、新三が訝しがる。
「殿は本気で武田といくさをするつもりなのですか」
「するつもりなのですかって、もうあちこちでしているだろうが」
「しかし、簗田殿。もし、大きな野戦をお考えなら、三方ヶ原でもう一度迎え撃つか、それとも天竜川を渡って攻め込むか、どちらかではないのですか」
 善兵衛の言うことはもっともである。しかし、牛太郎は長篠にこだわる理由がある。
 歴史だからだ。
 それともう一つ、鉄砲だった。
 姉川の戦いと三方ヶ原の戦いで身に染みてわかったことだが、織田軍は弱すぎて、武田軍は強すぎる。徳川三河勢との連合でして、大兵力をもって 




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