Nicotto Town



確かに不識庵に


「お前ともあろう奴が、とんだ的外れだな。確かに不識庵に上洛の野心はねえ。だが、お前が言う不識庵像はまったく違う。不識庵は狂人だ。竹中の小僧のようなもんだ。いくさに狂っている男なのだ」
 藤吉郎は驚きのあまり、顔を上げてしまう。
「そ、そんなはずありませんぎゃあ」
 信長はむっと口を閉ざしている。まずいと思って藤吉郎は額をこすりつけた。
 それにしても信じられない。信長ともあろう男が、越後に繁栄を築いた上杉不識庵を気狂いで済ませてしまっている。どうして、こんな盲目的なのか。
「お前の言うことも一理ある。だが、もしも、あの義昭が不識庵と通じていたらどうだ。お前はそれでも不識庵が来ないと言えるか」
「そ、それは――」
 言えない。
「で、でも、上様。たとえ、今、不識庵が馬首を加賀に向けてきたとしても、大聖寺城の援軍には間に合いますぎゃあ。だから、だから、この筑前に出陣の下知を」
「修理からの要請がない以上、無理だ」
 そうして、信長は鳶色の瞳をぎらりとひるがえした。
「わからねえのか、筑前。今の俺のはらわたが」<a href="http://www.watchsremains.com" title="http://www.watchsremains.com">http://www.watchsremains.com</a>
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 その言葉の意味、信長仕えを草履取りから始めた藤吉郎にはわかった。わかったからこそ、ますます悩んだ。
 信長は権六の不可解な沈黙に怒り狂っている。ところが、権六を軍団長に任命したのは信長である。
 彼は短気な主君だが、傲慢ではない。繊細である。権六を罷免するのは容易だが、それをしてしまったら何も始まらないこと、いや、織田軍総帥の眼力の無さを世間に知らしめてしまうことになるのは、痛いほどに理解しているのだ。
 北陸方面軍の創設は失敗である。このような失敗はかつてない。浅井長政に裏切られたときよりも、長島討伐に惨敗したときよりも、惨めで、みっともなくて、織田信長らしくない失敗だった。
 よく考えてみればわかりきったことじゃなかったのか。藤吉郎は少しだけ信長を見下した。一体、何をどうとち狂っての人選だったのか。丹羽五郎左で良かったじゃないか。
 もっとも、それは信長自身でもはらわたが煮えくりかえるほどに悔やんでいるのだろう。
「融通がきくのは一人しかいねえ」
 ふいに信長が呟いた。
「あのうつけを見つけてこい。それができなかったら、大聖寺城は終わりだ。わかったか、サル」
「か、かしこまりましたぎゃ」
 藤吉郎はこうべを垂らしながら佐久間邸をあとにした。
 門前で待っていた虎之助とともに稲葉山を下っていく。
 一葉、二葉、すべりこんできた風が朽ち葉を舞い上がらせた。
 冬差しの乾いた陽光を浴びながら、裏を見せ、表を見せ、はらりはらりと風にもてあそばれる。
 藤吉郎は足を止めていた。
 やがて、風はすぎていった。
 生のない褐色のそれは、道脇の木陰のほうへと流れていく。
「殿」
 藤吉郎は虎之助の声も聞かず、朽葉が消えていった木陰を見つめていた。
 すると、草葉の陰に動くものを見つけた。猫だった。
 虎猫で、赤子ではないが、体の小ささからして子猫であった。虎猫は朽ち葉の溜まりに寝転がりながら体を舐めており、藤吉郎は子猫の愛らしい仕草に頬を緩めた。
「おみゃあ、誰に飼われているんかえ」
 子猫はそろそろと歩み寄ってきた藤吉郎に一度目を向けたが、すぐに顔を背けて転がり回る。
「稲葉山は住み心地がええかえ?」
 風が、また、吹いた。
 藤吉郎の裾が翻ったとともに、子猫の布団も一枚、はらりとさらわれていった。
 じゃれていた虎猫は動くのをやめる。葉が飛んでいった先をじっと見つめる。何に驚いたのか、何に興味を示したのか、子猫のつぶらな瞳はどこか遠いところを映していた。
 そして、猫は藤吉郎を見上げてきて、鳴いた。




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