Nicotto Town



Black Out

響子は、玄関を開けるとリビングに向かって、「あなたいるの」と声をあげた。マグライトで廊下を照らしながら、妻を迎えにいった。
エレベーターが動いていてよかったわ。階段で37階まで昇ること考えたら、ぞっとするわ」
「今は、非常用発電で動いているけど、燃料がなくなったら止まる」
「いつ、止まるの」
「後、12時間だと思うよ」
響子は、リビングのテーブルに置いていたランタンを持つと、ベットルームに向かった。

都内で震度4の地震が発生した。揺れは直ぐに収まり、目立った被害も出ていなかった。しかし、葛西と市川にある変電所に問題が生じて、江東区、江戸川区、墨田区の一部が停電し、地下鉄や鉄道が止まり、復旧の見通しもたっていない。

大手企業の社員が帰宅を開始したとニュースが流れると、それにならって、多くの企業が帰宅を促しはじめた。総務部から帰宅を促すメールが流れ、BCPに沿ってペットボトル2本が支給された。社員は帰宅困難者対策として運動靴の常備が義務づけられていたので、革靴から運動靴に履き替えた。そのうち鉄道も復旧するだろうと会社に残る社員、明るいうちに家に着こうと帰宅を急ぐ社員と対応はまちまちだった。

マンションのある南砂まで歩いたが、多くの人が整然と東に向かって歩いていた。隅田川を渡ると信号機が消えていたが、警察官が誘導し、混乱もなかった。マンションの近くのコンビニで水や食べ物を買おうと思ったが、全て閉店していた。

マンションに着くと、非常灯しか付いていなかったが、エレベーターが動いていた。管理人にどうして動いているのかと聞くと、非常用発電があるが燃料が少ない。給油を頼みたいが、電話もつながらず、数時間でエレベーターも止まるとのことだった。

響子が、化粧を落とし、室内着に着替えてリビングに戻ってきた。
「地震が起こったのに、電話もメールも送ってくれないのね」
「震度4だし、被害も出ていなかったからね。それに、お互い様でしょ」
「マンション買うときに、地震が起こったら、タワーマンション大丈夫なのって、あなたに聞いたら、それくらい、対策をしているって言ったよね」
「建物に囲まれて、カーテンをしていないといけないようなところは嫌だって、君が言ったんじゃないか」

ランタンの明かり越しに、トゲを含んだ言葉が行き交う。二人の視線は、時折揺れるホワイトガソリンの炎に注がれている。このマンションを買うまでは、二人をつなぐ共通の目標があり、公園に近い方がいい、買い物に便利な方がいいと、理解したり、譲ったりする場面があった。家具を買いそろえると、二人の会話は、ニュースや天気のような表面的な話題しかなくなり、新築のマンションは、機能的で快適だが空虚な空間になった。求心力を失ったコマのように、二人の関係は大きく振れはじめ、今にも倒れて転がりそうな状態だった。

お互いに仕事に没頭するようになり、響子は、旗艦店の店長に抜擢された。成果を残せば、生え抜き初の女性役員への道も開ける。抜擢した取締役も、自らの評価に関わることから、響子に政財界の人脈を紹介するために、週末はゴルフやパーティーに連れ出すことが多くなった。

響子を批判するつもりは無かった。プロポーズをしたときにも、仕事を続けて欲しいと言った。響子と付き合っていた頃は、タクシーで帰るのが当たり前で、帰宅するのは午前2時や3時だった。響子が、誰もいない部屋で、自分の帰りを待つのはつらいだろうと思い、それに、家庭だけでなく響子自身の世界も持っていて欲しかった。

響子が毎週のように週末でかけることを、申し訳なく思っていることは感じている。だが、出かけようとする響子を見ると、寂しさを隠すためか「またか」と言ってしまい、響子も「仕事でしょ、帰る時間は分からないから」と険悪な雰囲気になってしまう。

それを避けるように、週末はソロキャンプにでかけるようになった。都心にマンションを買い、週末は都心から逃げるように郊外に出かけ、何をしているのだかと思うが、思いの外楽しい。この歳で一人のキャンプは恥ずかしいと感じていたが、同年代の愛好家も多く、道具やキャンプ料理を教わったりすることが楽しかった。

IHだから、お湯も沸かせないわね。停電、この辺りだけだから、外に食べにいく?」
「信号も動いていないし、車も使えないよ。ラーメンくらいだったらできる」
書斎から、キャンプ用のガスカートリッジとバーナーをキッチンに運び、インスタントラーメンを取り出した。バーナーに点火すると、シューという音と青白い炎がでる。
「楽しそうね」ランタンを持って、響子がキッチンに来て、冷蔵庫から卵を取り出した。
「ちっちゃい鍋ね」
「一人用だからね。半分こだ」
「クッキーとかチーズならあるわよ」

夕食を終えると、水道も止まっていた。普段は、冷蔵庫や24時間換気のかすかな音が聞こえてくるが、時折、ランタンがたてるボッという音だけの静寂に包まれていた。
「あなた、ラジオ持っていたでしょ」
書斎から、ラジカセを持ってきた。実家がリフォームをすることになり、母から捨てていいかと聞かれ、東京に持ってきた高校生の頃に使っていたラジカセ。その頃にエアチェックしたテープも幾つか持ってきた。リビングにラジカセを置きカセットを入れ、再生ボタンを押した。

ラジカセからは、磁気が弱まり、少しノイズか混じりながら、ジョージ・ウィンストンのオータムが流れはじめた。 高校生の頃、深夜のFM放送を聞いていた時にオータムのLonging/Loveが流れてきた。旋律の美しさに涙が流れてきた。翌朝、教室でその話をすると、「私、弾けるわよ」と言って、音楽室のピアノで楽譜も見ずに弾いてくれたのが響子だった。
「私もキャンプに行きたくなってきたわ。ラーメンより、バーベキューとかの方がいいけど」
「アウトドアグッズを増やせば大丈夫だ。テントも一人用だから大きなのを買えばいい」
「アウトドアらしい服も欲しいし、週末、買いに行く?」
「いいよ」
「車もアウトドアらしくないわね。古くなっているし、思い切って買い換えたら?」
「荷物が積める車がいいね」
二人が若かった頃に少し無理して買ったトヨタのクレスタ。CMLonging/Loveが使われていて、これしかないよねと言って買った。都内では車を使う機会がほとんどなく、若い頃の思い出もあるので、買い換えないでいた。

 曲が終わると、響子が窓を開けて、ベランダに出た。
「やっぱり、高いところからの眺めはいいわね。ほら、暗いところが旧江戸川ね。そこから、東は明るいわ。ディズニーランドは煌々としてるわ。あっ、来て来て」
ベランダに出ると、葛西の方の明かりが灯った。しばらくすると、船堀も明るくなった。荒川が停電の境になり、たちまち、ぱっ、ぱっ、ぱっと明かりが広がり、そして、リビングに明かりが灯った。
「もう、停電終わっちゃったのね。病院とか、小さい子供がいると大変だから、まあ、よかったわね。うちには、電気もガスも無いところに出かけるのが好きな人しかいないけど」
響子は、シンクに置きっぱなしにしていた食器を洗いにキッチンに戻った。 ベランダでの喫煙は禁止されているが、二人のコマがもう一度回りはじめたことを感じながら、一本だけ煙草を吸った。

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2018/09/17 20:16
たまちゃん
共通の趣味や価値観が大事だ。なんとなく、たまちゃんと趣味が合っている気がする。
ちなみ、自分の趣味は、
・日曜の朝、NHK教育テレビの将棋を見ること
・月末の金曜日に、まあじゃんすること
・大食いの番組を見ること(今日じゃないか)

さなちゃん
前期アニメで「そろキャン」が放映されていた。
アニオタとアウトドア派は対極に位置し、親和性はないと思うけど、you-tubeの影響でソロキャン人気
アニオタとアウトドア派の双方の資質を持つ自分は、稀有な存在なのだ
秋や冬は虫(蚊やアブ)がいないので、お勧め
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2018/09/16 22:05
ヤフー時代のバイク乗りさんの間で一人で行くキャンプツーリングがちょっと流行っていて
以前から気にはなってましたが、(一応→)女子一人のキャンプはちょっと怖いですw
星の綺麗なところで出来たら最高でしょうねぇ・・・海辺もいいなぁ+゜*。:゜+(人*´∀`)ウットリ+゜:。*゜+.
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2018/09/16 21:06
今度はハッピーエンドになってよかったです!
これからは週末に2人共通の趣味のキャンプを楽しむご夫婦になりそうですね。
やっぱり共通の趣味とか目標って大切ですよね~




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