Nicotto Town



ぎんなん

寝坊をしてしまった。西方家(にしかた)の教育方針で、寝坊をしても起こしてもらえない。母は、自主性を重んじているらしいが、今日は15分寝坊した。寝坊をした時は、いつも微妙な時間だ。1時間寝坊したら、諦めもつくが、15分だと頑張ったら、授業に間に合う。

朝ご飯を抜いて、駅まで走った。いつもの電車より一本遅れたけど、お寺の墓場を突っ切っれば間に合う。境内に入るときに、軽く頭を下げて、ダッシュした。お墓の間の細い道には、イチョウの葉が舞い散り、朝日を浴びて黄金色に輝いていた。

高校の正門に滑り込み、立ち止まって、大きく息を吸った時に気づいた。臭い。足元からぎんなんの強烈な匂いが漂ってくる。授業がはじまりそうなので、玄関の泥除けマットでスニーカーの裏をこすって教室に入った。

古文の教師と同時に教室に入った。ぎりぎりセーフ。教師の読む平家物語が、子守歌のように感じてウトウトしかけたら、隣の席の高木さんが、「西方、くさい。」と言った。

確かに臭い。親父の足の匂いに似ているが、もっと臭い。手を挙げて、「トイレに行ってきます。」と言って、手洗い場で靴の裏を洗った。席に戻って、濡れた手をプラプラしていると、高木さんがハンカチを貸してくれた。

手を拭いて返そうとしたら、「臭そうだから、いらない。」と言われた。高木さんは、青春まっただなかの女子高生なのに、恐竜にしか興味がない。今も古文の授業中なのに、「恐竜足跡化石の三次元計測による形態解析」という論文を読んでいる。

高木さんは、男子もタレントもおしゃれにも全く興味がない。我が校の女子の制服は県下一ダサいと評判だ。女子は少しでも可愛く見えるように、スカートの丈を短くしたり、リボンを可愛く結んだりしているが、高木さんは標準仕様のままだ。その黒縁の眼鏡をはずしたら、とても可愛いのにと高木さんを見ていたら、つぶらな瞳で睨まれた。

放課後、地学部が使っている理科の実験教室に行った。地学部は、10人しかいない。理系は受験に役に立たないと地学を敬遠し、文系は化学や物理が嫌いで仕方がなく選択する生徒ばかりで、科目自体に人気がない。

しかも地学部の中の8人は、天体観察が目的で、地質好きは高木さんと自分しかいない。天体観察派が、ハヤブサ2の話題やしし座流星群の観察会の話で盛り上がっている中、高木さんと二人で、アンモナイトの化石のクリーニングを黙々としていた。

掘り出した化石を、ワイヤーブラシでこすりながら、高木さんに声をかけた。
「ハンカチ、洗って返すけど。」
「西方が使ったハンカチなんていらない。それより、ハンカチを持ってないなんて信じられない。男子に必要なのは、清潔感よ。それと、獣脚類と竜脚形類の違いくらいは知っていて欲しいわ。」

「その知識はなんの役に立つんだろう。週末は、化石採取に行くの?」
「クリーニングは今週で終わるし、土曜日は天気がよさそうだから、採取に行くわよ。」

「嫌だ。俺は、地形と岩石が趣味のブラタモリ派。化石に興味ないし。」
「部活の活動計画にも化石採取と書いているわ。か弱い女子を、一人で山の中を歩かす気なの。」

「弁当を作ってくれるなら、付き合ってもいいけど。」
「仕方ないわね。」

土曜日は、寝坊をしないように、目覚まし時計とスマホのダブルでアラームをかけた。電車に1時間乗り、白亜紀の地層が出る谷あいに向かった。電車の中でも、高木さんは恐竜の本を読んでいた。

「高木さんは、どうして、恐竜が好きなの。」
「盛り上がった筋肉、ナイフのような牙、野獣のように逞しくて恰好いいわ。」
「野獣どころか、恐竜ですけど。」

川沿いに転がっている岩をハンマーで割って、貝や葉っぱの化石が入っていないか探す地道な作業を繰り返す。3時間も岩を割り続けていたら、腕や腰が痛くなった。

小高い丘に登って、お昼ごはんを食べることにした。高木さんは、リュックサックからサンドイッチを取り出した。タッパにゆで卵が入っていて、恐竜の卵にそっくりだった。

「どうやって、作ったの?」
「ゆで卵の殻にヒビを入れてから、紅茶で煮るの。今にも赤ちゃんが生まれそうに見えるでしょ。」

「ほんとに、恐竜好きだね。強い男が好きなの?」
「当り前じゃない。女子はみんなそうよ。ティラノサウルスみたいな男子はいないかしら。」

風が吹き、銀杏の葉がヒラヒラと舞った。

「あのイチョウの木、変わった形をしているわね。」
「老木になると、枝から気根が垂れてくる。乳イチョウと呼ばれて、安産や乳の出が良くなると神木になったりする。煎じて飲むと、胸が大きくなるかもしれないから、削ってもって帰ればいいんじゃない。」

「結構です。でも立派な木ね。」
「イチョウは、ジュラ紀や白亜紀の生き残りで、生きた化石と呼ばれている。イチョウの仲間はみんな氷河期に絶滅して、一種しか残っていない。」

「西方、詳しいのね。」
「恐竜にしか関心がない誰かさんと違って、地球の歴史に関心があるから。でも、ここにイチョウがあるのが不思議だ。」

「どうして?」
「イチョウは、自生してないんだ。街路樹や公園に植樹されたものばかり。昔は、燃えにくいから、お寺や神社に、防火用として植えられていたけど、どうしてここに生えているんだろう。」

高木さんと一緒に、窪地になっているところをスコップで掘った。すると『かわらけ』が出てきた。かわらけは、使い捨ての素焼きの食器で宴会の時に使われていた。今でいう紙コップや紙皿。

「地図を見たけど、何も書かれてない。ひょっとしたら、遺跡を発見したのかもしれない。」
「西方、凄いじゃない。少しだけ、見直しちゃった。」

高木さんが、笑っていた。可愛い。ここは、野獣か恐竜にならなければいけないところだ。僕は、高木さんに近寄ると、つぶらな瞳をじっと見つめた。

「高木さん、君のことが好きだ。恐竜の勉強もするし付き合って欲しい。」

「・・・・西方、くさい。」

スコップで掘るのに夢中になって、乳イチョウのぎんなんを踏んでいた。

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2019/11/29 21:51
れんげさん
茶碗蒸しにいかずに、熱燗に行くのがのん兵衛ですね。銀杏を炒る家庭も少なくなったと思いますが、公園で拾っている人もいますね。公園のトイレには、ここで銀杏を洗わないで下さいと貼り紙がありました。
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2019/11/29 20:56
楽しみながら、銀杏についての蘊蓄も身に付きました(^^♪

初めて、あの強烈な匂いの中の実を食べようと思った人は凄い。。
美しい翡翠色の銀杏を食べるたび、そう思います。
お塩をちょん!っとつけて食べると、熱燗が止まらなくなります^^;
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2019/11/28 23:04
mさん
のんびりした人の方が幸せになるような気がします。気が長いからかな。周りの人を和やかにする才能があると思います。次女さんものんびりしているのかな。

あずささん
人に合わせない生き方。弱いと群れなくてはいけなくなってしまうので、ちょっとした自信と心臓の強さが必要ですが、自分の世界が広がるでしょう。

ろくさん
確かに、面と向かって臭いとは言いにくいものです。多くは、娘が父親に対して使っているのではないでしょうか。そのたびに、お父さんは泣いていると思います。

まほうつかいさん
残念ながら、時計の針は数十年前に止まってしまったので、心は中高生のままです。カレンダーの年号は、昭和だと思います。
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2019/11/27 16:22
高校生をやめてからずいぶん経っているはずなのに、今がそうのような
実感あふれる物語。お料理だけではない才能の持ち主に日ごろ失礼な事
ばかり言って失礼しました!
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2019/11/27 02:00
最後の「くさい」はOK!の返事であります。何でもない人にくさいとは言いません。このシチュエーションであれば私もくさいと言うタイプですw
でも最初の「くさい」は本当にくさいからです。
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2019/11/26 18:30
高木さんみたいな女子結構好きです
グループでつるんでワイワイガヤガヤやってる女子は
ボスのご機嫌とりでなかなか大変そうだし
自分の好きなこと、やりたいことをひとりでもやれる人が
光ってみえます
好きな人ができたら女子力猛烈にアップするはずです
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2019/11/26 18:26
好きだわぁ~若い子の恋愛もの~この先うまくいってロマンチックコメディになったらいいな(^^)/

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私が寝坊して長女が小学生・・・大変さっさと用意しないと集団登校の時刻に間に合わない

長女に「着替えて、歯を磨いて、朝ごはん・・・早く早く」とギャーギャーせかしたら
長女がパジャマ姿で---ぼ--------と立ち尽くし、  私の言葉を受け止められない感じ

マズイ!
こんな「顔」させてはマズイ!

それ以降、長女をメチャクチャ急がせるような言葉を投げつけてません。
「早くしろ、さっさとしろ」とは、言ってましたが・・・・・?
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2019/11/24 23:55
オレンジ先生
以前勤められていた保育園では、いきなり背後から駆け寄ってきて襲われたり、ぎゃおーと騒ぐような小さなティラノサウルスに囲まれていたはずです。小っちゃい時は、ティラノサウルスも可愛いですね。そのまま、天使のような恐竜に育ってもらいたいものです。
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2019/11/24 23:34
ティラノサウルスみたいな・・・
私は苦手かもしれませんー^^
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2019/11/24 22:17
リンゴさん
ジュラシックパークで、マルコム博士やアラン教授をラプトルから助けてくれたのは、ティラノサウルスです。あっ、ドナルドはトイレに座ったまま、ティラノに食べられていました。野獣のような男。一度付き合ったら、草食系男子の良さが分かるかもしれません。

たまちゃん
そういえば、たまちゃんの日記に、生物の話題は一度も出てきたことがない。人語を解するビーグル犬くらいだ。黒板見ずに、先生しか見ていなかったことがよく分かる。次回からは、生物学的視点から、芸術解説をしていただきましょう。
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2019/11/24 19:46
安定感のあるラスト、期待どおり(笑)
でも高木さんの反応は、バッドエンドとは限りませんよね。
恥ずかしがってすぐにはOKしなかっただけかもしれない。
・・・という想像を楽しんでみました。
高校のときは文系の定番の生物選択でしたが、
先生がかっこよかったのでとっても楽しかったです。
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2019/11/24 19:21
最後におちがくるという笑
ティラノサウルスのような男子ですか、、、うーん微妙笑
女性の好みもいろいろです^^
沖人さんは知識が豊富ですね。読んでいると物知りになります(#^^#)
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2019/11/24 17:32
つん
はやぶさ2の着陸のときに、つんは、おそらく泣いて感激をしていたでしょう。伝言板が踊っていました。天体観測派とブラタモリ派をかけもちしたら、あなたはどっちなのと高木さんに噛みつかれてしまいます。ここは、気象学派を立ち上げて、明日の天気を占って皆さんに感謝されましょう。
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2019/11/24 16:24
うふふ^^ なんかいいですねぇ~
西方君のペースが何とも言えず好きですw
告白の最後に高木さんに ガブっと一噛みお見舞いしちゃえばよかったのにwww

私もブラタモリ派ではあるものの はやぶさ2の活躍も気になる派ですので・・・
地学部で密かに二人の今後を見守りたい気分でしたw
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2019/11/24 15:06
スズランさん
クラスに一人は、ティラノサウルスのように、狂暴な男子もいるかもしれません。盗んだバイクで走りだす年頃です。行儀よく真面目なんてできるわけもなく、夜の校舎の窓ガラスを叩いて回る生徒もいるかもしれません。しかし、本当の自分にたどり着くことなく、ティラノサウルスからの支配と戦いから卒業するのです。
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2019/11/24 15:01
ゆりかちゃん
高木さんは、恐竜にしか興味はありません。西方君に好きだと言われても、意にも介していません。しかし、化石採取に一人で行った時に、山賊が出たら困ります。無下にもできず、高木さんのツンデレプレーが始まります。西方君は、高木さんに翻弄され続けることになるでしょう。西方君は、ティラノサウルスに弄ばれるステゴザウルスのような高校生活が続くでしょう。しかし、それは、それで楽しい高校生活かもしれません。
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2019/11/24 15:00
沖人さんの小説は、マメ知識も増えますね。
実家行ったら、母がブラタモリを見るので、一緒に見てます。
強い男がみんな好きで、ティラノサウルスのような男だと、男逃がしそうで不憫な子だと思いました(笑)
↓コメと同じくツンデレでありますように(;^ω^)
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2019/11/24 13:32
私もブラタモリ派ですね~^^
え?最後、振られちゃったのでしょうか。高木さんがツンデレなのを祈りますv




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