Nicotto Town


雪うさぎが呟く


「俺、バイク乗ってたんだけどなぁ」というと、少女は顔の向きは変えず、口元だけで微笑んだ。「素敵ね。大きいの?」

「250だから、たいしたことない。バイトしてお金を貯めてもっと大きいのに買い換えていくんだ。いつかはハーレーなんて、オヤジくさい?」

少女は海を見つめたまま軽く首を振って否定した。あまり話さない子だ。頭の上でゆれるやしの葉の影が足元の白い砂の上をまだらに染めている。
 
「けどさぁ、俺確かに、バイク乗ってたはずなんだ、ここはどこ?」周りは海で、小さな砂の山のような島に、やしの木が3本ばかり生えている。風の音と波の音しかしない。

「ここは、ここ、でしょう?」少女は寂しげな微笑を浮かべた顔を向けた。「どこでもいいの、わたしは」「そうだね、静かなところだね」それから黙って、ずっと波の音を聞いていた。

朝だったり、夕方だったり、晴れていたり、空を雲が走るように流れていたり。俺たちは何時からともなく、約束もなく、本当にいつの間にかその島にいて、一緒に過ごした。

少女の名前はエリだと聞いた。俺はシュン。手をつなぐことも無い。別々の幹にもたれて、いつまでも海を見つめた。でも俺はいつかこの子を乗せて2ケツでツーリングに行きたいと思い始めた。

そうすればエリは、いつものすべてをあきらめたような寂しい笑顔を忘れてくれるだろうか。初めてあったときのように「素敵ね」と言ってくれるだろうか。



好きだといえないでいるうちに、突然の別れが来た。俺は目覚めてしまった。白い壁の病院の一室で。親がそばにいて、俺の腕を握り締めて泣いていた。

俺は確かにバイクに乗っていたんだ。バイトに行く途中に、事故って,親が駆けつけたときにはもう意識が無かったんだって。足も折れていて、ひどく頭をぶつけたから、傷が治ってきてもずっと眠っていたんだそうだ。

ベッドの足元の方向、壁に製薬会社の宣伝の入った写真入りのカレンダーが貼ってある。青い海、白い砂の島、やしの木。ああ、あれは俺が見た夢だったのか。

結局俺は半年近く入院する羽目になった。島の夢はもう見なかった。残念だが仕方が無い。リハビリに励んで、足に金属の棒を埋め込まれたまま退院の日を迎えた。

子どものように親に付き添われて,長い廊下をゆっくりと歩く。廊下の両側には病室が並び、入院患者の氏名のプレートが入り口の横に張り付いている。その名前を見たのはほんの偶然だった「白川絵里」

思わず足が止まったとき、戸口からタオルを抱えて女の人が出てきた。ぶつかりそうになってあわてて「ごめんなさい」と呟いた顔は、夢で見たエリによく似ていた。

歩き出す親に「ちょっと待って」と声をかけ、俺は脚を引きずってその部屋へ入った。手前のベッドは空で、窓際のベッドに居たのはあの娘だった。人形のように無表情で、うすい布団の下の体は哀れなほど痩せていた。

「どなた?」声をかけてきたのはさっきの女の人だった。「あ、友だち・・・みたいなものです」怪訝そうな表情で俺を見つめる顔は疲れていたがきれいな人だった。

「信じられないだろうけれど、夢の中でいつもあってた。少しだけど話もした。俺のバイクのこと褒めてくれた」

女の人の目が見開かれた。「バイク?この子は2年前にバイクの事故でこうなったの。意識が戻らないままなの」

「でも俺は」言葉に詰まって部屋を見回すと、俺の部屋と同じカレンダーが貼ってあった。
「俺は、あの島でエリさんにあった。やしの木にもたれて波の音を聞いていた」

女の人、エリのお母さんだろう、彼女は寂しげな微笑を浮かべた、俺の話など全く信じていなさそうに。むしろ、正気を疑うそぶりを見せないだけ優しい人なのだ。

時々、見舞いに来てもいいですか?俺の問いにお母さんは何も言わなかったが、拒絶される前に俺は頭を下げて部屋を出た。所在なさそうに、廊下の少し先で親は俺を待っていた。

あれから2年近く、俺は今飛行機に乗っている。足はまだ引きずってしまうが、まじめに仕事をして旅費を貯めた。といってもあの島の近くへ行くパックツアーだが。

俺のポケットにはエリをのせたいバイクの写真が一枚。俺はあの島へ行って、ヤシの木のいつもエリが持たれていた幹に向ってプロポーズするのだ。

一緒に帰ろう、病院でどれだけかかっても俺は待つから。君を遺してさっさと死んだりは絶対にしないから。いつか君が素敵ねと褒めてくれた車で二人走ろう。

エリは聞いてくれるだろうか。




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