決して福島県の人たちの喜びに水を差す気はないのだが、バクテリアで南相馬市と飯舘村の土壌の放射性物質を除去できた、というニュースが出ている。
福島放送のサイトでも紹介している。
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http://www.kfb.co.jp/news/index.cgi?n=201108037

もし本当なら、これまでの科学の常識を根底から覆す大発見だ。
だが福島県などのメディアの記事の内容を読み比べてみたら、どうやら「それらしい結果が出たのでとりあえず自治体に報告した」という段階であるようだ。
そういうデータが出たので、これから学会に発表して本当かどうか権威ある公的機関に検証してもらう、というまだその段階のようだ。

このデータが「バクテリアが放射性セシウムを分解した」という点を証明するには、少なくとも二つ越えるべきハードルがある。

一つは、土壌の表面を耕していなかった、という事である。
この少し前、別な学者が川俣町で似たような実験をやったのだが、バクテリアを土壌に浸透させるために表土を１０センチ以上深く耕してしまったらしい。

福島市などで庭や校庭の土を上下ひっくり返して表面の放射線レベルを下げたニュースは福島県民ならよく知っていると思う。
他意はなかったとしても、土壌を耕してしまうと、これと同じ効果で土の表面の放射線量が下がる事はあり得る。
だが、それは放射性セシウムがより土中深くに押し込まれてしまったためであって、セシウムが消失したからではない。

二番目は、放射線レベルが下がった土壌で見つかったバリウムが、本当にその場で生成された物である事を確認しなければならない。
放射性セシウムは約３０年かけて半分がバリウムに変化する。
ただし、福島第一原発の原子炉のすぐ横に大量に保管してあった使用済み核燃料棒にもけっこうな量のバリウムが含まれていた可能性はあるからだ。

放射性セシウムの半減期が３０年というのは、あくまで半分の数の元素が変化するまでの時間であり、放射性セシウムのごく一部がバリウムに変わるという変化は、核分裂の直後から起きている。
質量数、つまり重さは同じ原子核なので、セシウムが大量に降り注いだ所で、原発の使用済み燃料棒から吹き飛ばされたバリウムが見つかっても不思議はない。
そうではなく、あくまで実験した場所でセシウムからバリウムに変化したのだ、という事を証明する必要がある。

放射性セシウムがバリウムに変わるのは原子核内部の反応である。
一方、バクテリアの代謝というのは化学的反応である。
原油を分解するバクテリアは油田事故などで使われているが、あれはあくまで化学反応であり、原子核の内部をどうこう出来る技術ではない。

ただ、科学の常識がひっくり返った例は歴史的に何度もある。
例えば、野口英世の時代には病原菌と言えば「細菌」しかないと信じられていて、ウィルスの存在は知られていなかった。
彼の命を奪った黄熱病の病原体は、当時の医学者が一笑に付していた「光学顕微鏡では見る事が出来ない未知の病原体」だった。

アインシュタインの相対性理論は、原子レベルの極小の世界ではニュートン力学と質量保存の法則が当てはまらない事を証明して、世界中の物理学者を驚愕させた。

原子核内部の核種変換を加速する未知の現象が絶対存在しないとは言い切れない。
また、セシウムを分解あるいは変換した、という話は間違いであったとしても、放射性元素を好んで吸着するバクテリアなら、放射性セシウムを一か所に集める用途には使える可能性がある。

だから、もし本当なら世紀の大発見なのだが、だからこそ科学的検証の結果がはっきり出るのを待った方がいい。
福島県民の希望に水を差す気はないが、まだ学会でこれから検証するという段階のようだから、ぬか喜びになる可能性も残っている。