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心臓手術募金騒動に見る「ムダ」の効用

厚生労働省の記者クラブで行われた記者会見の内容が、全くの虚偽だったのに、一部大手マスコミがそのまま報道してしまい、今日(11月10日)になって、訂正・謝罪を掲載した。
案の定、SNSなどのネット上では「また、マスゴミがやらかした」という批判が溢れているが、我輩はこの騒動、全く別な視点から見て、非常に面白い出来事だと思う。

もちろん、実在しない、心臓移植が必要な男児の「伯母」なる人物がやろうとした事は、寄付金詐欺未遂だし、錚々たる全国紙の記者が複数、まんまと騙されたという話だから、「面白いとは不謹慎な!」と叱られるかもしれないが、過去の似たような虚偽事件とは一線を画す要素がある。

多分この手の「美談を装った詐欺」が新聞社、テレビ局などに持ち込まれた例は、過去に数えきれないほどあったと思う。
今回の件で全く新しい要素は、記者会見を開きたいという「伯母」からの要望が、直接記者クラブに持ち込まれたという点だ。

過去の虚偽発表事案では、新聞社なら新聞社各社に個別に詐欺師が話を持ちt込むという段取りだったはずだ。
一社ずつ個別に話を持ちかけ、違う会社の記者を一人ずつ全員騙す、というのはプロ級の詐欺師でないと難しい。

ところが今回は「厚生労働省の記者クラブ」という大手マスコミ各社の記者が常駐している機関に直接話を持ち込んだため、素人レベルの詐欺話に記者が多数乗せられてしまったわけだろう。
裏を返せば、記者クラブという制度がそれだけ一般市民に認知されているという事であり、マスコミ各社にとっては痛し痒し、なのではないだろうか?

ひと昔前なら、一般市民では「記者クラブ」なんて存在さえ知らない、という方が当たり前だっただろう。
だが近年、様々な書籍で記者クラブという制度を詳しく解説した物が数多く出ている。
一番最近だと、元日経新聞の記者が書いた「新聞の正しい読み方」(NTT出版)という本がある。

これらの書籍によれば、記者クラブというのは、表向きはマスコミ各社の記者の親睦団体という事になっている。
だが実際には、各社の記者が24時間体制で常駐し、中央省庁、経済団体、地方自治体などから情報を引き出すための、一種の圧力団体として機能している。

各中央省庁、都道府県庁などの大規模自治体、経済団体などの建物の中に、かなり広い部屋を無償で提供され、新聞社、通信社、テレビ局報道部など十数社の記者が社ごとのデスクスペースをあてがわれ、何かネタになる情報がないかどうか、常に目を光らせている。

今回の「伯母」なる人物が、記者会見を申し込んだのが、その一つである「厚生労働省の記者クラブ」だったという点が、我輩には非常に面白いのである。
なぜなら、マスコミの記者を騙す手段としては、極めて「効率的」だからである。

マスコミ各社に個別に話を持ちかけると、当然の事ながら騙そうとする方も非常に手間暇がかかる。
だが、大手マスコミの常駐記者が勢ぞろいしている「記者クラブ」に持ち込めば、手間は一回で済む。
「伯母」なる人物がそういう記者クラブの体制を知っていたというのなら、記者クラブ制度の知名度、認知度がそれだけ上がっているという事だから、本来マスコミ各社にとっては喜ばしい事のはずである。

記者クラブ制度が一般市民に知られるようになったとは言っても、ネット上でそれに関する意見は大抵、「マスコミと役所の癒着の温床」というようなネガティブなイメージで語られる事が大半だった。
今回、もし本当なら美談になり得る話を記者クラブに持ち込んできた、というので、厚生労働省記者クラブの記者たちは、うれしくなって舞い上がってしまったのかもしれない。

さて結果的に虚報を掲載してしまったマスコミを擁護する気は毛頭ないが、記者クラブ特有の体質と、新聞社の縦割り体制が今回の悲喜劇を招いてしまったのではないだろうか?

この話を記事にしてしまった「一部の新聞」というのは、訂正とお詫びの記事を出した産経新聞と読売新聞のようだ。
産経↓
http://www.sankei.com/affairs/news/161109/afr1611090015-n1.html
読売↓
http://www.yomiuri.co.jp/national/20161109-OYT1T50121.html

こういう誤報、虚報をやってしまうと、担当記者や監督する「デスク」と呼ばれる上司は、懲戒処分を受けて左遷され、記者声明を絶たれるらしい。
今回の件に関しては、そうなっても自業自得ではあるのだが、どれだけ厳しい見せしめの処罰をしても、今回のような失態の再発予防にはならないと思う。

記事が出たタイミングを見ると、記者会見が行われたのが8日。産経新聞は「8日」に掲載したと書いているから、当然夕刊だろう。
翌9日の朝刊で読売新聞が記事を「都内版」に出している。これは東京都内だけで配達、販売される新聞のページで、ローカルニュース扱いだった。

「新聞の正しい読み方」によると、記者クラブ所属の記者が最も恐れるのは「特オチ」をやらかしてしまう事だそうだ。
ライバル社に先んじて1紙だけが大ニュースを報じる事を「特ダネ」というが、他社がそろって報じたネタを1紙だけ報じなかった、これを「特オチ」と言う。
これも記者生命に直結する失態であるらしい。

その男児の両親なり、本人に会いに行くという、裏取りをしなかった事が今回の失態の原因なのだが、「他社より早く」という焦りから産経新聞がフライングしてしまった。
これを「特オチ」になると恐れた読売新聞が、あわてて後追いして記事を出した、という経緯だったと推測できる。

これまでのマスコミ業界の内幕を描いた書籍によると、記者クラブなどの最前線にいる記者は睡眠時間も満足に確保できない程の激務であるらしい。
また複数の案件を同時進行で取材しているケースが多い。

寝る暇もないほどの激務が、ろくに休みもない状態で何カ月も何年も続いていれば、正常な判断能力が働かなくなる。
今回も、本人や両親に会うという「裏取り」を、しなかったというより「出来なかった」のではないだろうか。
厚生労働省の記者クラブで行われた会見だから、そこまでの厳密な裏取りは、「したいのだが、忙しすぎて出来ないし、ま、いいか」という心理に陥ってしまったのではないか?

もしそうだとすれば、今回ポカをやってしまった記者をどんなに厳しく処罰しようが、社内で「いやしくも記者たる者は」などという精神論、根性論に基づく説教垂れようが、根本的な解決にはならない。

マスコミの記者とて人間なのだから、人間としての限界を超えた激務を現場の記者に押し付けていないかどうか、そこをまず検証すべきだろう。

一方で、全国紙のような大手企業なら、無能ではないがこれといった功績をあげられなかったので、今は閑職の部署でくすぶっている中高年社員が少なからずいるはずだ。
第一線の記者が手が回らない「ムダかもしれないが、やっておくに越した事はない裏取り」作業を代行する別働隊をそういう元記者で作るぐらいは考慮してみたらどうだろう。

題名などは忘れたが、昔読んだ松本零士さんの短編マンガのラストシーンにこんな言葉があった。
「この世の中には決して失くしてはならない大切な部品がある。それは『ムダ』という部品である」

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2016/11/12 18:39
テレビで「伯母」(顔出さず)が謝罪してましたが、非常に程度の低い詐欺。という印象。裏ドリをマスコミ組織が徹底して記者に教える必要がありそうですね。




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