日本と中国の通貨の直接決済が６月から始まるそうだ。
現在は日中の貿易代金決済は米ドルを介しているので、これで余計な手間ひまと一度米ドルに交換するための手数料が不要になるので、日本の対中貿易にとっても追い風になると言われている。

日中間だけで考えれば確かにその通りだろう。
だが、これによって中国は日本円を外貨として大量に保有する事になる。
中国にとっては何のメリットがあるのだろうか？
直接決済はいいのだが、中国元と米ドルやユーロとの間で、事実上の二重レートになってしまわない措置はちゃんと取ってあるのだろうか？

ブルームバーグのサイトで計算したら、今日の時点では、米ドル、円、元の間にはこういう関係が成り立つ。

US$1=6.3467 中国元
US$1=79.505 日本円
1中国元＝12.5271 日本円

日本円と中国元の直接決済では、両国の銀行で実際の需給に基づいて円/元のレートが決まり、変動幅に規制はかけないと報道されている。
だが中国は対米ドル、対ユーロでは元の１日の変動幅を中央銀行がコントロールしていて、先進各国からは外国為替相場の操作にあたるとして批判されてきた。

元の価値も当然変動はするのだが、中国はその１日の上値、下値をたとえば０．５％まで、とか制限していて、すぐに「ストップ高」になってしまうわけだ。
この仕組みで元の対米ドル、対ユーロの価値を実際以上に安くしていて、それはアンフェアだと米国などはかみついてきた。

円と元の直接決済で値幅制限をしないというのは、この批判が頭にあるからだろう。
だが、対ドルや対ユーロでの変動制限をやめないまま、対円でだけ値幅制限を解除すると、たとえば元と米ドルの為替レートが事実上複数になってしまう危険もある。

たとえば上記のレートで、１００元を日本円に替えると１，２５７．７１円になる。
これを他の外為市場で米ドルに替えると、＄１５．８１９２になる。
これをドルから中国元に替えると１００．３９９７元。
おおむねもとの１００元に戻る。
これは米ドルを介して決まった相場だから当然である。

では上の２つのレートが変化せず、１中国元＝１４円に、円元直接決済市場ではなったと仮定しよう。
この場合、円安、元高だが、輸出には自国通貨は安い方がいいので、日本側も最初に書いた余計な手数料と手間がはぶけるなら、この程度は許容範囲だとしよう。

このレートでは１００元＝１，４００円。
これを他の市場で米ドルに替えると＄１７．６０８９。
この米ドルを元に替えると１１１．７５８４元。
最初１００元だったのだから、１割以上増えてしまう。

あるいはユーロ圏の財政危機が依然深刻なので、逃避通貨として日本円がさらに高くなる可能性がある。
上記のレートの真ん中、ドル円だけが＄１＝７０円までの円高になったとしよう。

この場合、１００元＝１，２５７．７１円。
これを米ドルに替えると＄１７．９６７２になり、これを元に替えると１１４．０３２９元。
やはり元手より増えてしまう。

もちろん為替手数料などはかかるし、元と米ドルのレートなども日々変動しているから、これらはあくまで理論上の数値だが、元とユーロでも同じような事が言える。
つまり円元直接決済市場でのレート次第では、中国は元を日本円経由でドルやユーロに替える事によって、公定レートより元安にしてしまう事が可能だ。

これはあくまで理論上あり得るという話に過ぎないが、もし元とドル、ユーロなどとの間でこんな事実上の二重レートが発生したら、日本も欧米から為替相場操作に加担したと非難されかねない。

元と円の直接決済では中国に元の価値の人為的制限をさせず、いつかは元とドル、ユーロなどの間でも、中国当局による値幅制限を撤廃させて、中国を完全変動相場制に移行させる、というスタンスを日本は取らないといけない。

対中貿易の目先の利益に目がくらんで、いつの間にか中国元の二重レートのための道具に日本円がされていました、というオチにだけはならないよう、日本政府と金融当局は注意してもらいたいものだ。