Nicotto Town



福島県の廃業旅館を寄宿学校に

福島県の内陸部の旅館で修学旅行などのキャンセルが相次ぎ、ほとんどガラ空きの状態だそうだ。
中には既に廃業した旅館もあるという。
一方で原発事故後福島県から他県へ転校した小中学生が万単位で出ているという。

ここは双方の解決策として、廃業した旅館、あるいは商売あがったりの旅館を丸ごと借り切って、放射能汚染がひどい地域の生徒のために一時的な寄宿学校にしてしまったらどうだろう?

もちろん親が他県に職を見つけたから引っ越す場合は仕方ないし、障害や持病のある子供で親元を離れられない場合は別だが。
学校そのものが倒壊してあちこちのよその学校に間借りして授業をしている小中学校もあると聞くし、福島市などで「放射能が心配」というのが理由なら、会津地方あたりで寮生活を送らせるのも手だろう。

大口の観光客団体を受け入れてきた旅館なら建物はけっこう大きいはずだ。
一つの旅館の建物で一つの学校の希望する生徒全員を向こう半年とか一年とか、その程度の期間なら継続的に受け入れる余裕はあるはずだ。

今は夏休み中だから今から準備をして、二学期から会津あたりの旅館を改造した寄宿学校で放射能の心配が低減するまでの間過ごす。
保護者も、未だに避難所で暮らしているとか、職がなくてする事がない人たちはその寄宿学校に同行し、食事の面倒などを見る。

例えば福島市周辺と会津地方の間なら週末は地元へ帰って家族と過ごす事も可能だろう。
家族の方が週末出向いて寄宿学校内で一緒に過ごす事も可能だろう。

かわいそうだという意見もあるだろうが、あくまで希望者だけならそういう生活を経験するというのは子供にとってはけして悪い事ばかりではない。
映画ハリー・ポッターシリーズの主人公たちの生活を考えてみればいい。
英国などでは中学生ぐらいから人里離れた全寮制の学校に行くというのは今でも珍しくない。

特に現代ではいかに田舎といっても小中学生がそんな長期間集団生活をする機会はあまりないだろう。
週五日朝から晩まで寝食を共にし、掃除や時運たちの食事の料理などをみんなでワイワイガヤガヤやる、というのも悪くはないのではないだろうか?

また先生ではない同じ地域の大人が数人でも一緒にいて世話をすれば、普段関わらない人たちとの共同生活から子供が学べる事も多々あるかもしれない。
特に高齢者が一緒に滞在してくれれば、子供にとっても得難い経験になるし、お年寄りも生活に張り合いが持てる。

会津地方などの内陸部も放射線レベルはそれなりに高いだろうが、沿岸部よりははるかにマシなはずだ。
学期の間をそこで過ごせば年間の積算被曝量もぐんと低く出来る。
またそういう旅館がある場所は自然も豊かで温泉なども充実しているだろう。
少なくとも避難所から学校へ通ったり、よその学校での間借りで遠慮しながら授業を受けたり、放射能に怯えながら自宅で暮らすよりは子供にとってはいいはずだと思う。

その費用は自治体が立て替えて後で政府なり東京電力に請求する。
もし配布が滞っている日本赤十字などへの義援金があったら、福島県に限ってはそういう事に使っても文句は出ないのではないだろうか。

旅館側にしても、一般客を受け入れらなくなるがそれはしょうがない、と考えてくれるなら廃業を免れられるメリットがある。
既に廃業を決めた場合でも、経営者はたたむならたたむでお金が必要なはずだから、貸出料金を手にできれば助かるはずだ。

まるで戦時中の疎開のようだと言われるかもしれないが、今の福島県沿岸部はまさに戦時中と同じレベルの非常事態だ。
あくまで学校単位で、かつ希望する場合だけの話だが、とりあえず半年程度なら試してみる価値はあるのではないかと思う。

学校が倒壊して、かつ原発の避難地域に校舎がある場合、いつになったら学校を再建できるか今のところ予想がつかない。
そういう学校の場合、いつまでも児童生徒を宙ぶらりんの状態にしておくのはよくない。
避難地域でなくとも、放射能にビクビクしながら毎日を送るよりは、多少さみしくて心細くとも同じ学校の仲間や地域の住民と一緒に比較的安全な場所へ一時疎開する方がいいだろう。

確かにかわいそうな面はあるが、だが将来福島県を背負って立つ未来の世代には、そういう経験をする事はきっとプラスに働く。
若者世代がこのまま福島県から流出し続ける方が、地域の未来にとってはもっと心配である。

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2011/07/31 06:07
福島の人口流出は、深刻ですね。
私の地元、愛知の豊橋にも、福島から避難してきて、公団アパートに入ってる
家族の方が、かなりおります。
 そういえば、福島の汚染牛肉は、どうなってるんでしょうかね。こちらでも
販売されたり、焼肉屋で出されたりしてるんですよ。
安心なのは、すきやの牛丼くらいですね。
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2011/07/29 21:56
TANA☆BE さんのコメントを読んで、「ディアスポラ」という言葉を思い浮かべました。
『難民とディアスポラの違いは、前者が元の居住地に帰還する可能性を含んでいるのに対し、後者は離散先での永住と定着を示唆している点にある。』

あれだけの汚染が広がっては戻れると安易には考えられません。国内にいながらのディアスポラです。
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2011/07/28 06:20
地域の崩壊はもはや深刻とかというレベルではなく、
一般的な常識では考えにくいほどのものです。

そりゃそうです、沿岸部の3市町村が丸ごと移動しているのですから。
…そして常識的に考えれば、管じゃなくても「10年は」暮らせないレベルなのです。

これは、「難民」の問題なのです。

よいアイデアなのですが、後10年は続けられる話ではないですね。
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2011/07/28 00:13
学童疎開ですね。必要だと思います。
農業や酪農を営んでるかたなら、他県の過疎の農村に移住して、
耕作者がいなくなってしまった田畑で
農業をしてもらうというのもアリなんじゃないかと思っています。
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2011/07/27 22:31
寮!いいですね寮!!おもしろいですし^^
僕も寮に中学のころから入ってたんで分かりますよ~
文化の違いもさほど問題でもありませんし、日本は文化の違いといっても
些細なものですし……

やはり自分の学校がないのは学生たちにとってなんといいますか、
アイデンティティの喪失と言えば大袈裟かもしれませんが
自分の学校にわずかながらでも愛着やある種の誇りというものはあると思います。
この意見は、そういったものが回復するかも、という希望がありますね
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2011/07/27 22:04
四の五の言ってる間にも、、どんどん足し算で、被曝していくのですから、、

早急に、何とかできない物かと、、思います。。

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2011/07/27 21:55
私の住む兵庫県は江戸時代の5つの国(一部のところもあり)がひとつになって構成されていますので、同じ県内でも地域によってかなり特色が違います。
多分、私が地元で被災して県内の違う地域で集団生活しようということになったら、かなり文化の違いを実感することになるでしょう。
福島県はそのようなことはないのでしょうか。

県内に将来を担うべき若者がいなくなるのも困るでしょうけど、違った文化圏で成長して成人したとき、小さい頃にいた地域のことを本当に覚えてくれているのかな。
おっしゃるように半年程度でなんとかなるのであれば、体験の一つとして許容できるのかもしれませんが。




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