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日本SFの巨星去る

日本SF界の重鎮、小松左京さんが亡くなった。
我輩にとっては平井和正さんと並んで大きな影響を受けたSF作家であった。

一年ほど前、出版社の編集者に転職しようとしてその種のノウハウ本を読み漁った時がある。
その中に印象的な一節があった。
「普通の家庭で幸せに育った人間は編集者には向かない」というのだ。
不幸な人生を送って来た人間の方が、ストーリーの面白さを見る目が深いから、という理由らしい。

これは編集者の話だが、小説家にも同じ事が言えるのではないかとも思う。
小説家として大成できるのは幼少期から青年期にかけて、普通ではない裕福な家庭で一般庶民には夢のような生活を送った人間か、現代の若者には想像も出来ないような過酷な運命を経験した人物という事になりそうだ。

ちなみに前者の代表は現在東京都知事の石原慎太郎氏だろう。
小松さんはどちらかと言うと後者のタイプだったらしい。
小松さんは十代の多感な時期を戦争末期の軍国主義の時代に送り、また敗戦後の日本の価値観の大逆転を身を持って経験した世代だ。

だが戦時中は「軍国少年」としては完全に落第生だったそうで、教師や軍事教練の教官からは軟弱者として目の敵にされていたそうだ。
その後京都大学文学部を卒業するが戦後共産主義運動にはまってしまい、また折悪しく両親が事業に失敗して破産。
若いころは親が残した借金の肩代わり返済に追われた、という波乱万丈の人生を送った人だ。

それが初期の作風にも表れている。
実質デビュー作である「地には平和を」は、日本が1945年8月15日に降伏せず本土決戦に突入したらどうなっていたか?を描いた歴史のイフ物語だった。
敗残兵として山奥を逃げまどう少年兵がついに米軍に殺されるまでを克明に描いてあったのだが、これは氏の少年期の経験の所産だろう。

「終わりなき負債」という作品も氏の借金苦から生まれた物語だろう。
親子三代ローンというのが可能になっている未来社会で父親の借金のために、肉体労働をさせられる青年の話。
ただ買った物が何だったのかが青年にも分からない。
実は青年は人間そっくりの精巧なロボットで、親が子の代にまで借金残して買ったのは自分自身だった、というオチ。

ちなみにご本人の弁によると、この借金苦の頃、テレビもラジオも質屋に入れてしまって、奥さんの退屈を紛らわせるために物語を書き始めたのが作家になったきっかけだったそうだ。

小松さんと言うと「日本沈没」「復活の日」などの、科学知識満載のシリアスな作風の作家と見られがちだが、初期の作品や短編には結構ナンセンスの美学を追求した物も多い。
また古典芸能、落語、怪談などにも造詣が深かった人で、そういう要素をSF小説に持ち込んだのは小松さんが初めてではなかっただろうか?

「日本アパッチ族」では、失業が犯罪になっている未来社会の話。
多分にいいかげんな主人公、失業保険の期間内に次の仕事につけなかった罪で、食べ物も飲み水もない荒れ地に追放の刑になる。つまりそこで飢え死にしろと言う事。

ところが、そこには鉄くずを食べて生き延びている先住者が大勢いて、体の細胞が鉄に置き換わった人間に変身していた。
主人公もその仲間になり、やがて全国各地の鉄食い人間たちが集まって革命を起こし、日本を乗っ取ってしまう。

だがこの革命後の日本では鉄食い人間同士の内輪もめが勃発し、誰が本当の勝利者やら権力者やら、訳が分からなくなる。
この部分は建国当初の中華人民共和国の政情のパロディーだと思う。
小松さん自身、一時共産主義運動にのめり込んでいたから、その手の情報には鋭かっただろう。

だが共産主義運動をどこか冷静かつ覚めた目で見ていた部分があったからこそ、本質をズバリと突いたストーリーが書けたのだろう。
凡人なら中国礼讃に陥るのが当たり前だった時代の作品だからである。

SF作家だから科学技術、文明礼讃論者であったかと言うと、失われゆく古き良き物に対する愛着の深さを表す作品もある。
「比丘尼の死」という短編で、土木工事用の原爆なんて物が普通に使われている未来社会、もうじき丸ごと吹き飛ばされる山からどうしても立ち退かない尼さんがいる。

実はこの尼さん、伝説の八百比丘尼で、800年どころか永遠にでも生きられるのだが、古き良き日本の風景が失われた時代に生き延びるより敢えて死を選ぶ、という話である。
今回の原発事故、小松さんの目にはどう映っていたのだろうか。是非訊いてみたかった。

映画にもなった「さよならジュピター」は、太陽めがけて飛んでくるブラックホールに木星を衝突させてその軌道を変え、太陽系の滅亡を防ぐという壮大なストーリーである。
まさに木星のごとく巨大な日本SF界の巨星であった。
合掌。

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2011/07/30 22:16
今頃、天国で星新一先生と今の日本の現状を憂いて話をしているのだろうか?
「日本アパッチ族」が、妻君に書かれたという小説でしたよね^^
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2011/07/30 17:51
小松さんの小説、結局読めてないことに悔いている今日この頃……
SFはあまり読みませんけど、それでも小松さんの訃報は衝撃的でした。

劇的な時代での生い立ち。
自分の故郷でもある神戸の地で一体何を思い、幼少時代を過ごしたのだろう……
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2011/07/30 00:25
私は、「日本沈没」は、将来本当に起こり得る話だと思いました。
そして、避難民としての日本人を受け入れてもらうためには
日本が世界の国と友好関係を築いていくことの重要性を思いました。

このブログで、小松左京さんの生い立ちや作品のことが分かって
その偉大さが感じられました。
小松左京さんのご冥福を祈ります。
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2011/07/29 22:49
ブログ広場から足を運んでいただき、ありがとうございました。
小松左京御大の喪失は、SF者にとっては大打撃です。
何度か生でお見かけしましたが、本当にサービス精神旺盛で、
語りの面白い方でした。

あの世でも、面白い話を延々と喋り続けられているかもしれません。
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2011/07/29 22:02
切ないですね。このところ好きな作家や漫画家の訃報が続いています。
それだけ自分も年をとったということなんでしょう。
筒井康隆氏の「日本以外全部沈没」は小松氏に冗談で話したものが作品になってしまったとか。

昔の「SFマガジン」がますます棄てられません…。
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2011/07/29 20:31
日本沈没は、本当にすごいSF小説でしたね。中学の時に夢中で読みました。
映画も観に行きましたよ。
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2011/07/29 01:19
小松さんの作品は二次作品で鑑賞したことがあるくらいで(「日本沈没」とか)
原作をきちんと読みこんだことはありませんでした。
でも、偉大な作家であったことは存じ上げています。
巨星墜つ、ですね・・・。
失われた巨星の後を継ぐ星は今の日本から生まれるのか、気がかりです。




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