Nicotto Town



米国の銃規制が進まない理由

アメリカの小学校で銃の乱射事件が起き、子供が20人も一度に犠牲になるという痛ましい事件がまた繰り返された。
この手の事件が起きる度に、銃の規制論議が盛り上がり、しかしやがては尻すぼみになって消えるという事が米国では繰り返されてきた。
おそらく今回もそういう事になるだろうと思う。

日本人は「なぜ銃を規制しないんだ?」と疑問を口にするが、そう単純にはいかないという米国ならではの事情があるらしい。

日本で民間人の銃の所持禁止が、猟銃を除いては徹底されている。一方米国は野放し。
この違いを説明するのによく使われるのが「日本では秀吉の刀狩があったから」というロジック。
だが、ヨーロッパ諸国で銃の所持がそれほど一般的でない事の説明にはならない。
米国の場合、三つの要素が「刀狩説」より重要だろうと思う。

一つ目はよく言われる事だが、米国の憲法が銃の所持を「権利」として認めている点。
実はこれは単なる法律論争ではなく、日本人とアメリカ人の感覚、物の考え方そのものに、埋めがたい乖離がある事を意味する。

日本人にとって、警官の銃や狩猟用の銃以外は「日常生活にあってはならない物」というイメージのはず。持っているのはヤクザか犯罪者だけのはず、と考える。
しかしアメリカ人にとって銃というのは「民主主義の源泉」なのである。少なくともカウンティと呼ばれる田舎の地域の住民では、こちらの方が多数派なのだ。

アメリカ合衆国は言うまでもなく、英国と独立戦争をして成立した国家だ。つまり「一般市民が自ら銃を手にして戦って勝ち取った」のが米国の民主主義である。
文字通りの「市民革命」の産物であるわけだ。

一方、日本は歴史的に欧米のような「市民革命」も中国のような「民衆蜂起の結果としての易姓革命」も経験したことがない。
明治維新は本質的に大名中心の権力抗争だった。一般庶民が武装蜂起して徳川幕府を倒したわけではない。
また第二次世界停戦後の民主化は米軍主導のGHQによる「上からの民主化」で、これも日本の一般庶民が力ずくで権力者から勝ち取った物ではない。

だからアメリカ人にとって「銃を持つのは権利、それも我々の民主主義の源泉」という感覚を日本人はどうしても理解できない。

二番目は警察機構の違い。現代でも米国のカウンティ、いわゆる郡部には「保安官」がいる事をご存じだろうか?
日本の警察は各都道府県が維持管理する公務員組織で、そんなに人が出たり入ったりしない。

だが米国では警察は原則として地方政府、日本で言えば市町村単位で組織される。
シティと呼ばれる大都市は、それぞれ独立した市の警察を持っている。たとえば刑事コロンボは「ロス・アンゼルス市警」の警部であり、州政府や連邦政府に雇われている警察官ではない。

米国全体をカバーする広域警察としてはFBIがある。そして、郡部は各カウンティ単位で保安官を任命する。
この保安官をどうやって選ぶのかというと、住民の選挙で普通の住民の中から選ぶのだ。
もちろんその地域でそれなりの人望がある人物が選ばれるのだろうが、基本的には普通の一般市民が一定期間、警察権を付与されるという仕組みなのだ。

誰が保安官になるか分からないし、保安官事務所というのはせいぜい数人の助手を常勤スタッフとして抱えているだけだ。
だからたとえば強盗団などが町に押し入って来た場合、住民はまず自衛の体制を取って保安官からの指示を待つ、という事になる。
こういう警察体制なら住民全員が銃を持っていないとかえって都合が悪い。

第三は州軍の存在。日本人が米国の軍という時は、ワシントンの国防総省、通称ペンタゴンに統率されている連邦政府軍を指す。
が、米国にはそれとは別に各州政府が独自の軍隊を持っている。

もともと米国は英国などの植民地だった州がばらばらに独立し、後で集まって「アメリカ合衆国」にまとまったという歴史がある。テキサス州などは短期間だがそれ自体が「独立国家」だった時代がある。

その名残りで、今でも米国の各州は連邦軍とは別に「州の軍隊」を持っている。
さすがに規模や人数は小さいが、武装はかなり本格的だそうだ。
地方の警察力では対応しきれない非常事態、たとえば1992年のロス・アンゼルス暴動のような事が起きた場合、まず州兵が出動して鎮圧にあたる。

シルベスタ・スタローン主演の映画「ランボー」の第一作を見た事がある人はイメージが湧きやすいだろう。自動小銃やロケットランチャーを持って、中盤でランボーを山の中で追いかけ回していたのが州軍だ。

この州兵は以前は年に数日のボランティアだったが、現在では連邦軍の予備役という性格が強くなっている。
そして州兵もその州の一般住民から選抜される。だから「生まれてから一度も銃など触った事がない」住民が大多数では、かえって困るのだ。

同じく市民革命で民主主義を達成したヨーロッパ諸国では、さすがに軍隊と警察は中央政府が直接に統率している場合が多い。
だが米国の州軍は、外国に侵略された時に最初に立ち向かい、連邦軍が到着するまで敵を足止めする、という任務を与えれている。

さらに言うなら、米国の州軍は「連邦政府が州の自治権を犯した場合、連邦政府と戦うための軍隊」でもある。
実際それが起きて全米に広がったのが南北戦争だ。

こういう風に、軍隊、警察が日本と比べるととんでもなく「地方分権型」であり、そのため田舎に行けば「銃を扱える事」が生活に必須の要件となっている地域が多い。
面積だけで言えば、そういう場所の方が圧倒的に多いのが米国という社会なのだ。

この「国としての構造」が変わらない限り、そう簡単に米国で銃の所持規制は進まないだろう。

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2012/12/15 22:38
いいのか悪いのか、わからないですな(;´∀`)そのシステム。。。

武器は持てば使いたくなるでしょう

また自警も必要というのも、わからないではないですが、、、

圧倒的な殺傷力があるものは、、やはり無いほうがいいと思わざるを得ません

それなりのモラル教育が、徹底してないところも問題だと思いまする。




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