20世紀型の賃上げは通用するか?
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- 2013/12/06 16:51:50
来年の春闘はベアの要求が通るかどうか、が最大の焦点になりそうだ。
政府と政権与党が財界に「労働者の賃上げ」を迫ると言う前代未聞の展開になっていて、連合はここぞとばかりベアを要求する姿勢を見せている。
だが、ベアという、いわば20世紀後半の時代の仕組みがそのまま現代、21世紀の日本社会で通用するのかどうか、一抹の疑問を禁じ得ない。
安倍政権の言い分はこうである。
政府は2%程度のマイルドなインフレを国内で起こそうとしている。これまでのところは、円安による輸出企業の業績回復で、一部の日本企業の懐は潤った。
インフレ誘導政策が成功すれば、消費税アップを別にしても、日本の物価は上がってゆく。
物価が上がれば実質賃金、つまり毎月いくらお金をもらえるか、使えるか、その額は減少するから、企業は従業員の賃金を上げないとまずいだろう? という論理だ。
確かに物価だけ上がって給料が上がらなかったら、サラリーマンの生活は苦しくなる。
一方、どうやって企業の従業員の賃金を上げるのか、その方法はいくつか選択肢がある。
経団連などの、いわゆる財界が考えているのは、ボーナスなどの一時的な賃金を上げるに留め、基本給は据え置きたい、というのが本音のようだ。
これに対して連合はベアでの賃上げを要求する構えで、この点で経営側と労働組合側の意見が対立している。
ではベアとは何か? ベースアップの略だが、実は和製英語である。
アメリカ人やイギリス人に「base up」と言っても、まず理解してはもらえない。
欧米社会にはそもそも、そのような概念が存在しないからだ。
日本ではベアという言葉を聞かなくなって久しいので、若いサラリーマンはもう知らないかもしれない。
日本の年功序列型賃金を取る伝統的な企業の場合、ベアはおおむね次のような仕組みで決められる。
まず30歳とか35歳の平均的な正社員を想定した「モデル賃金」という表を作る。
伝統的な日本企業では、まず「基本給」という物がある。極端に言えば、業務成績とかに一切関係なく、その企業に在籍してさえいれば自動的にもらえる分の給料、という事。
この基本給の額を基準にして、役職手当、技能手当、通勤手当、住宅手当などの各種の手当が計算され、その総額が毎月の給料になる。
基本給というのはいわば骨組みの部分で、ここが増えれば自動的に各種の手当の額も増え、残業手当の時間割金額も増える。
結果的に月給の額は増える。ボーナスはたいてい「月給の3.5か月分」のような決め方をするから支給条件が同じならこれも額が増える。
30歳の正社員が賃金モデルなら、年齢に応じて他の正社員の基本給部分も、どれだけ上がるかが自動的に計算される。初任給もモデル賃金から下方修正した額になるので、これも上がる。
この基本給部分を、一律で何円、あるいは何パーセント上げる。
これをベアと呼ぶわけだ。
ベアが実現すれば、その企業の全社員の給料が一斉にかつ自動的に上がる。
日本中の多くの企業がベアを実施すればサラリーマンの大多数の月給が上がるから、今よりたくさんお金を使うようになり、多く物が売れるようになれば企業もまた儲かる。
これが安倍政権が描いているプラスの好循環である。
だが財界は渋っている。これも理不尽な言い分とは言い切れない。
経団連に属しているような大企業なら懐が潤っているから、ボーナスなどの一時金を上げる事にはやぶさかではない。
ボーナスは会社の景気がいい時はドンと出し、悪い時にはいつでも減額できる。
だがベアというのは、その先ずっと社員の給与水準を高く固定する合意だから、企業にとっては景気が悪くなった時に簡単に下げられない。
いわゆる賃金水準の「下方硬直性」というやつで、会社の景気が悪くなった時にも高い人件費を払い続けなければならなくなる。
経団連などの財界がベアに消極的なのはこれが理由だ。
だが、このベアという仕組み、もともとは戦後の高度成長期にインフレに対応する方策として考え出された物だ。
1950年の朝鮮戦争特需をきっかけに復活し始めた日本経済は、1990から91年にかけてバブル経済が崩壊するまで、物価も賃金水準も、企業の売り上げ高も人口も、年々増えていた。
いわゆる「右肩上がりの時代」である。
1990年代まではこの余波が残っていたが、2000年代に入ってデフレ傾向がより鮮明になり、物価の下落と同時に賃金水準も「右肩下がり」の状態になった。
ベアは「インフレで生活が苦しくなるからその分給料が上がるのは当然」という論理に基づいたメカニズムだから、物価がじわじわと下がるデフレの時代には、要求しにくくなった。
またリストラが当たり前になった時代には、給料アップを要求するより、賃金水準を下げてでも雇用を守った方がよいと労働組合側が判断した面もあった。
20年以上ぶりぐらいに、そのベアを要求できそうだ、しかも政府の後押しまである。連合が前のめりになるのは無理はない。
だが、現代の企業社会でベアという仕組みがどこまでプラスの効果を発揮出来るのか、この点は疑わしい。
まずベアというメカニズムが一斉賃上げに直結するのは、伝統的な給与体系を採用している大企業の正社員だけである。
まず中小企業は懐が潤っていない会社が多く、一時金による賃上げすらままならない所が多い。
年俸制などの成果給、能力給主義を取る企業ではベアは意味を持たない場合が多い。
さらに非正規雇用の労働者が恩恵を受けられるのか、受けられるとしてもどの程度か、これは完全に未知数である。
ある企業がどれほど高いベアを実施したとしても、その会社で派遣や請負として働いている人には関係のない話だ。
ベアの恩恵を受けられるのはあくまで、その会社の正社員だけなのだ。非正規雇用率の高さを考えると、ベアの恩恵は一部のもともと「勝ち組」であるサラリーマンにしか及ばない可能性がある。
またベアの実施は初任給を自動的に引き上げる。
これから企業に新卒として入社しようとしている人たちの最初の給料の額が上がる。
そうなると特に大企業の大卒採用は、今よりもっと「厳選志向」になるだろう。
これは就職活動の厳しさに拍車をかける可能性が高い。
現在の日本で若者の雇用の受け皿として将来的に期待できる企業は、ネット業界などの新興産業である。
そういう会社はそもそも、伝統的な年功序列型賃金体系を採用していない場合も多い。
国内での労働者のポストが減る一方の伝統的大企業がこぞってベアを勝ち取ったとしても、日本のサラリーマン全体の何パーセントが賃上げにありつけるのか?
これだけ雇用の形態が多様化し、定期新卒一括採用以外のルートから就職する労働者が増えている現代日本で、ベアという仕組みが有効に働くのか?
そこまで見越してのベアの要求奨励ならいいが、非正規雇用労働者の取り込みをほとんどやってこなかった既存の労働組合が、その点まで考えてくれるとは思えない。
20世紀型成功パターンにこだわっているだけではないだろうか?
右肩上がりの時代には「四年制大学さえ出ていれば、人生なんとかなる」という論理が確かにある程度通用した。
だが大学の数が増え、入学定員が増え、選り好みさえしなければ誰でも四大卒になれるようにした結果、今の日本はバラ色か?
どうも似たような事が起きそうな気がしてしょうがない。
彼らの「敵を作って国民の目をそちらに向けることにより本来の目的をこっそり達成する」手法は今も健在ですし。
おっしゃるように非正規雇用の待遇を考えない限り全体の景気はよくならないと思います。
手っ取り早いのは最賃の引き上げだと思いますが、各都道府県とも牛歩戦術なのがなんとも・・・
まぁ、国内の賃金が高くなれば企業が海外に拠点を移すということも十分あり得ますからねぇ。
それを防ぐためには、国内で雇用を守っている企業と海外組の企業に税の格差を設けるべきなんでしょうけど、TPPがからんでくるから一筋縄ではいかないんですよね。
そして、、、今回の秘密保護法も、、この国は、、、どうなる?