第二次世界大戦中のいわゆる従軍慰安婦問題で、朝日新聞が散々な叩かれようだ。
個人的には、身から出た錆だとは思うが、現代の日本人全体として、そんなに朝日新聞の事を笑えるのか？　という一抹の疑問は禁じ得ない。

直木賞作家の石田衣良氏が、あるインタビューで興味深い事を言っている。
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http://wpb.shueisha.co.jp/2014/09/02/34901/3/

「この世界で最も注意すべきは『正義』かも」というくだりである。
朝日新聞が韓国済州島で「慰安婦狩り」をやったという人物の証言を記事にし、３０年以上経ってからやっと「虚偽」と認めて記事を取り消したのが、今回の騒ぎの発端らしい。

結果的に大いに日本の品格を傷つけたのは確かだが、しかし意図的に反日キャンペーンをやったつもりは当事者たちにはなかったのではないかと思う。
韓国、朝鮮人慰安婦の「強制連行」がことさらに喧伝されるようになったのは、１９９０年代に入ってからだと記憶している。

慰安婦狩りに言及した記事はそれ以前から報道されていたが、それほど騒がれてはいなかったように思う。
この、１９９０年代初頭から、というのは「ソビエト連邦崩壊以後」と言い換えてもいい。
これはおそらく単なる偶然ではないだろう。

朝日新聞は左翼系と言われてきたが、日本の戦後左翼の最大の拠り所は共産主義、社会主義であった。
その総本山であるソ連という国家そのものが瓦解し、世界的に社会主義は「失敗した実験であった」と認識されるようになった。

国際政治の世界では「冷戦体制の終焉」であり、２００８年のリーマンショックで大打撃を受けるまで、米国一人勝ちの状態が続いた。
慰安婦問題を日本国内でことさらに喧伝したのは、おそらくソ連消滅の後に起きる「日本の右傾化」を阻止しようという意図があったのではなかろうか。

つまり「正義のために」日本人、特に保守系政治家が再び軍国主義に傾き、日本が再び軍事力で他国を蹂躙しないよう、思想的キャンペーンを張っておくべきだ、と当時の朝日新聞の幹部が考えたのではないだろうか。

しかし件の「慰安婦狩り」証言が虚偽であった以上、それは「不都合な真実」であって、なかなか認めるわけにはいかなかった、というのが本音ではあるまいか？

最近中国や韓国はしきりに「日本が右傾化している」と騒ぎ立てている。
安倍晋三首相の集団的自衛権限定容認がその証拠だと言う。

では日本は本当に右傾化しているのか？
個人的には答はイエスである。
だが、この議論には「何を基準にして右なのか？」という、出発点の論議が抜けている。

戦後日本は全体的に「左」に偏った社会であり、これが現在の様々な社会問題の原因になっている。
教育現場での行き過ぎた平等主義しかり、安易に社会福祉に頼る現役世代の怠惰しかり、複雑な中東情勢を「仲良くすればいいのに」という単純な図式でしか見られない国際感覚の欠如しかり、である。

左に傾きすぎてきた日本社会が「右傾化」するという事は「中道」に向かっている事になるのではないか？
そのまま中間点を通り過ぎてもなお右傾化が続くなら、軍国主義だの帝国主義だのの復活という危険もあるだろう。

だが、庶民レベルでは「左傾化」し過ぎていた日本社会が、中道のレンジを目指して動いているのが現在進行中の「右傾化」だとすれば、それはむしろ良い事ではないか？
大事なのは「真ん中でちゃんと止まる事」の方だろう。

物事は簡単に理解できる方が誰しも心地よい。
従って何かしらの「絶対の正義」を設定して、単純に考えた方が楽である。
戦後の日本人はこの「安きに流れる」思考法に安住してきた結果、まず国際政治や武力紛争の理解度に関して「愚民化」してしまっている。

さらに怖いのは、この「愚民化」が権力者によって行われたものではなく、日本の一般国民が自ら選んだ道であるように見える事だ。
石田衣良氏が言うように、カギかっこ付きの「正義」は、右左、どちらの物であっても、これほど怖い物はないのだ。

これは政治に関する事だけではない。
企業社会においても、高度成長時代のノウハウにしがみつく管理職。
今現在の「優良企業」信仰を捨てられない就活学生。
銀行の普通預金金利が５％を超えていた時代の「常識」に囚われて、資産を預金口座に塩漬けにしている高齢者。

全て「時代遅れの古い正義」にしがみついて、あるいは時代が変わった事に気づいていない、その結果ではないだろうか？

そういう意味では日本の集団的自衛権行使を「戦争への道」と決めつけるネット左翼も、韓国、中国への嫌悪をまき散らすネット右翼も、朝日新聞の一部ではあろうが、左がかった「エリートたち」と大同小異でしかない。

アラブにはこんな諺があるそうだ。日本人に今一番欠けているものだろう。
「自分で考えろ。誰も脳みそを貸してはくれないのだから」