年金積立金管理運用独立行政法人（ＧＰＩＦ）が２０１５年７月～９月期で８兆円近い「損失」を株式運用で出したということが話題になっている。
国会審議でも野党が安倍政権の責任を厳しく追及しているが、どうも話がかみ合っていないように思える。

ＧＰＩＦは簡単に言えば日本の公的年金の、加入者つまり国民、が支払った年金保険料を集めて管理運用している機関である。
運用している総額は現時点で約１４１兆円。
つまり減った約８兆円というのは、将来の我々日本国民の年金の原資という事になる。

それがわずか３カ月の間に８兆円近くも減ったというのであれば、確かに一大事のように聞こえる。
一方政権側は第２次安倍内閣発足以来、約４１兆円の運用益を既に上げており、差し引きすればプラスなのだから問題ないと言っている。

これに関する議論が平行線なのは、運用益と運用損が、実質なのか含みなのか、それを与野党双方が明らかにしていないまま、「失政だ！」「そんな事はない！」と言い合っているからだ。

今回巨額の「損失」が出たのは、安倍政権の意向で、ＧＰＩＦがそれまで数割だった株式での運用比率を引き上げたからである。
現在国内株式に総資金の25％、外国株式に25％、合計５０％まで株式で運用する事が可能になっている。

年明け早々からの日本の国内市場での株価低下がＧＰＩＦの「損失」の原因で、安倍政権の経済政策に批判的な議員も庶民も「それ見た事か！年金が減っている。こら、安倍、責任取れ」と叫んでいるわけだ。

だが、一番肝心な点を与野党ともに明確にしていない。
ＧＰＩＦが件の四半期に出した運用損失は実損なのか、含み損なのかという事だ。

ＧＰＩＦが株式で運用という場合、現物株を購入したのか、それとも株式を組み込んだファンドなのか、という点も、はっきり分からない。
一部の民主党議員が「政府による民間企業支配になりかねない」と主張しているので、おそらく国内株式については現物株で保有していると思われる。

だとすれば、８兆円近い「損失」というのは、含み損なのではないか？
逆に第２次安倍政権下で出た４１兆円の運用益は、含み益なのか、それとも利益確定売りを実施した結果の確定利益なのか？

この２点をはっきりさせないまま、国会論戦をやっているから、一般の国民にはよく理解できず、その結果いたずらに不安を煽ったり、感情論を巻き起こしてしまうのだ。

含み益、含み損というのは、たとえばこういう話である。
１単元（最低売買単位の株数）が１００万円の株式を買ったとする。
この企業の株価が１単元あたりで１０５万円に上がったとする。
この場合、証券会社への手数料などを考えなければ、「今売れば５万円儲かる」という状態になっている。
この状態を「含み益が５万円ある」と表現する。

逆に株価が９５万円に値下がりすると「今売ると５万円損する」という状態になる。
この状態を「５万円の含み損が発生した」と表現する。

両方に共通するのは「もし今売ったら」という「たられば」の数字でしかない事だ。
ＧＰＩＦの損失がこの「含み損」であるのなら、当座の解決法は簡単。
その株式を売らなければいいだけだ。

株式ファンドなどの形で保有している場合、一定期間後に清算しなければならない種類であれば、含み損は実損になる危険がある。
だが、現物株で保有しているのであれば、値下がりしている時に売らなければ、実損は発生しない。
現物株には保有できる期限などはないので、株価が再び値上がりするまでＧＰＩＦが売らなきゃいいだけの事だ。

民間の機関投資家は、１００万円で買った株式が１０５万円に値上がりした時点で、一旦売って五万円の実際の利益を確定し、次の投資の原資にするという行動を取る。
これを「利益確定売り」と呼ぶ。

安倍政権下で過去に出した４１兆円の「運用益」というのは、ＧＰＩＦが利益確定売りを行って生じた実際の利益なのか、それとも、その期間の株価の値上がりによって生じた「含み益」の事を言っているのか？
これも現在報道されている情報からでは、明確でない。

過去に４１兆円の確定利益を既に上げていて、直近で８兆円の「含み損」が出ているに過ぎないというのなら、公的年金の原資はまだ実際には減っていない。
最悪８兆円の含み損が実損になったとしても、差し引きすれば「プラスじゃん」という言い分は成り立つ。

逆に過去の４１兆円の「運用益」が当時の「含み益」だとしたら、現在は既に存在しない絵に描いた餅でしかない。
その上に８兆円の含み損が出ているのが現状だと言うなら、確かに由々しき事態である。

ＧＰＩＦに限らず、国庫の資金の運用の損益を語る場合には、実益実損なのか、含み益含み損なのか、それをちゃんと区別して議論してくれないと、国民は混乱する一方だ。

与野党ともに、この点を明確にして国会論議をやってくれないと困る。