融和と融合―。
それは
A+B+x=A+B で表されます。
つまり、
左辺のxは右辺では消されています。
AとBの融和に、
xは必要な等価交換だったというわけです。
例えるなら、
原子核の融合にxは必要な素粒子だった
というわけです。
数字の軸しかなく数字の概念しかない
数式ではxは消え...
いちはぜん、ぜんはいち。
融和と融合―。
それは
A+B+x=A+B で表されます。
つまり、
左辺のxは右辺では消されています。
AとBの融和に、
xは必要な等価交換だったというわけです。
例えるなら、
原子核の融合にxは必要な素粒子だった
というわけです。
数字の軸しかなく数字の概念しかない
数式ではxは消え...
恐怖からの解放は
自由を意味する。
だが根本的な自由を
問い詰めた場合、
出てくるのは何もない。
ただ、漫然と存在するのが
自由であって、
束縛による自由は
何も生まないのだ。
よって恐怖からの解放は
自由を生まないものといえる。
あるいはすべてからの解放が、
自由な状態と言えるのかもし...
狂気は、倫理をつくり得ないし
倫理は、狂気をつくり得ない。
恐怖は、倫理にもならないし
狂気は、恐怖の捻じ曲がった形であって
秩序にもなり得ない。
あり得るのは倫理の積み重ねが
自由につながることであって、
(しかもそれは文化的開化であって、
決して精神的自由ではない)
倫理自体は秩序で...
恐怖という感情は、
多くの場合狂気を引き起こす。
あるいは、
義憤という復讐を引き起こす場合が多い。
もちろん、行動が停止するという
現象も引き起こす。
全体的に、恐怖というショックで
行動が停止され、
感情が支配される状態を指すのであろう。
もっとも、戦場では恐怖に支配される可能性が
多...
義憤は大まかに言うと、
正義が捻じ曲がった狂気と言える。
あるいは、恐怖が捻じ曲がった狂気と言える。
正義が捻じ曲がった恐怖とも言える。
義憤にかられるということは
近親のものが襲撃される
また傷害を負わされた場合、
正義に似た、復讐の意図を
持つということである。
あるいは、復讐で物事...