山陰山陽①山口。
- カテゴリ:レジャー/旅行
- 2009/06/07 22:35:26
前回の出雲大社もほんとは旅日記だけど、カテゴリが違うので。
ここから旅日記ってことにします。
山陰山陽大全周5泊6日。
ぜんぶで7県回ってるうち、楽しかったところだけ書きます。
まずは山口。
かつての萩城の敷地内にある窯元から。
萩はその名も萩焼の名産地です。
茶色というよりサーモンピンクに近いような、可愛い色をした陶器。
特徴の1つで、器の底がわざと欠けているの。
時は戦国時代、毛利元就の時代に朝鮮半島から連れてこられた技師が作ったのが萩焼。
ところが当初は高級品だったから、大名や名のある武家でしか手に入れることができなかったのね。
そこで広く人々に使ってもらえるように、完成した器に技師がわざと傷をつけて、いわゆるハネ物にして一般庶民に流通させたんです。
その頃のなごり、技師の思いを今に受け継いで、萩焼の底には傷があるというわけ。
窯元の見学を終えたら萩城下町の散策へ。
木戸孝允や青木周弼、高杉晋作ら幕末の著名人の旧宅がいっぱいあります。
江戸時代の地図がそのまま使える!と言われるほど、古い街並みがよく残されている萩の城下町。
特にこのあたりは武家屋敷の白塗りの壁がとってもきれいな地区です。
武家屋敷の庭にはよく夏ミカンの木が植えられているのね。
明治維新があって、四民平等の世の中になると、武士たちはみんな職を失ってしまった。
武士たちは食べていくために、恥を忍んで家の立派な庭園の隅にミカンの木を植えたんです。
当時夏ミカンは薬の原料になるってことで高値が付いたんだって。
ちなみに山口県のガードレールは全国で唯一、白じゃなくってミカン色。
その他、山口の観光地は三大○○に選ばれてるものが多いです。
日本三名橋の1つであり、三大奇橋の1つでもある言われる錦帯橋。
ちなみに三名橋の方は日本橋と眼鏡橋だけど、奇橋の方は猿橋ともう1つに諸説あり。
神橋とか愛本刎橋とか言われることもあるけど、個人的には祖谷のかずら橋を推したい。
奇橋というより、恐怖橋だけど。
四国のことは放っておいて、秋吉台は三大カルスト台地。
秋芳洞は三大鍾乳洞。
まぁ無理に三大○○に数えるまでもなくどっちも日本一なんだけどね。
山口と言えば今話題の、一酸化炭素中毒。
噂のホテルを見てきてしまった。
というか、ほんとに秋吉台の目の前なんだもんねー。
イヤでも目に入る場所だったんだけど、お決まりの黄色のテープでぐるぐる巻きにされた外側から、報道陣が大勢取り囲んでた。
あれ、修旅の学生助けた隣のホテル側も、お客さん減って打撃だろうねー。
関門海峡の名で知られる早鞆瀬戸は日本三大潮流。
長州藩の明倫館は日本三大藩校。今は普通の小学校。
これも諸説あるけど、附野薬師が日本三大薬師の1つとも言われる。
ぱっと思い出せるのはこのくらいだけど、他にも三大○○があるかもしれません。
あとそうねー、山口の特徴と言ったら、道路事情がいいことくらいかな。
何でも日本一総理大臣を多く輩出している県だそうで。
恩恵が大きいんだとかごにょごにょ。
そんなわけでふぐ刺し・てっちりをお腹いっぱいごちそうになって帰ってきました。
あぁなんていい仕事。
そうなんですかー。
全国各地の人と簡単にお話できちゃうのも、ニコットタウンのいいところですね。
津和野の殿町も寄ってきましたよー。なんで書いてないんでしょうね。笑
津和野の鷺舞は一度生で観てみたいと思うんですが、なかなかツアーがないです。
あの辺はバスで回るよりも自転車でのんびりと走らせてみたい街ですね。
時間をかけてゆっくり回りたいところだけど、それはそれで贅沢な旅なんでしょうね。
萩・津和野(は寄らなかったですか?)・秋吉台あたりは、学生の頃一人で回ったことがあるのですよ。
懐かしいですねぇ。
萩は自転車借りて、一日中ぐるぐる回っていたし、
秋芳洞は小学生の頃から、行きたかった所だったりしたもので。
またその時と違う大人目線で、もう一度訪ねてみたくなりました。
貧乏旅行だったもので、
ふぐ腹いっぱいも体験してないし。