Nicotto Town


ふぉーすがともにあらんことを、あなたにも。


神よ、我々の愚かさを許したまえ。

引っ越しも終わって片付けも一段落したところです~b

というわけで(?) 今日のテーマは、

世の中の混沌〈カオス〉について


っていってもなんのことか分かりませんね~b

というくだらない前置きはさておき……。


世の中の混沌さは、考えるのもカオスなので
普段誰も考えたがりません。

生活に余裕がなかったりすると、

余計そのカオスさは見たくなくなります。

つまり、みんなの盲点(スコトーマ)な訳です。


日本でいうカオスさは、

政治・国防・対外問題・お金

といったところでしょうか。


世界では、おもに

人種差別・お金・戦争

でしょう。


混沌さ自体見たくないものなので、

混沌さが混沌さである理由は

見たくないが故に見られずに終わる
というところにあると思います。

書いてるうちにも混沌としてくるわけですが。


混沌さに関して言うと、

混沌さはカオスの度合い自体が
その混沌さを表しているところが
あります。

つまり、混沌さは混沌であるが故に混沌さなのです。

外からは分からないブラックホールのようなものですね。


実際、物理学ではエントロピーやブラックホールのことを
混沌さ(カオス)で表す場合があります。

エントロピーと混沌さの関係は、
熱力学・物理学の基本だったりしますが

基本的なところで言うと

何でも膨張すると混沌さが増す
ということなのです。

具体的には、発展が混沌さをもたらす
というところにあります。

つまり、増えれば混沌になる
というところなのです。


混沌さは何が弊害か、というと
物事の本質を見えなくしてしまう

という点にあります。


私たちが普段物事の本質を見る
機会は少ないように思います。

意識していないと、そうそう見れるものでは
ありません。

(意識していれば、見えるものですが)

また、無意識こそ本質を見るキーだ
とも見れるかもしれません。

それこそが、混沌さなのです。


混沌さ自体は、その言葉自体は
思考のゼロサムゲームを表しているかも
しれません。

つまり、考えれば考えるほど
混沌としてくる
というものです。

よく「カオス!」なんて言いますが、
まさにその状況なのです。

要約すれば、カオスは何かを進行させれば
必ず生まれるもの

と言ってもいいかもしれません。


考えれば考えるほどカオスさが増す、
というものですが

その思考のジレンマこそ
カオスの本質かもしれません。

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カオスを数式で表すなら、

単純に +-0 状態です。

(詳しい物理学的な数式は知りません)

つまり、何を足しても0
何を引いても0なわけです。

ゼロサムゲームを表しているわけですが、

混沌さの根本の原因は

0に何か手を加えようとすることに
あるのかもしれません。


0を物理的に言うなら、

ニュートラルあるいはゼロ・フィジックス
つまり何も力のかからない状態を表している

と言えます。

具体的に言うと、バイアスがないのです。
(物理学的にバイアスがない状態というのは
この世の物でほとんどあり得ないのですが。)


バイアスは、力のかかり具合を表しています。

↑この文章がおかしいと感じた方は、
恐らく自分の知識からのバイアス
と言えます。

バイアスは、情報空間にも応用できるので
(イジメられるのが嫌だ・悪口を言われるのが嫌だ など)

それらの解釈にも役立ちます。

バイアス自体は、力の元が精神なので
ホメオスタシス(身体の恒常性維持機能)のフィードバックである
とも言えます。

通常の安定した状態に戻ろうとする作用のことです。


話はカオスの話に戻りますが、

今もとの話に戻ろうとしたのも
一種のバイアスな訳です。

カオスを基準にして見ると、

0に戻ろうとする作用が働いて

0を中心にバイアスが行ったり来たりするのが

いわゆるカオスの状態を指している
とも言えるわけです。

(- → 0 ← +)


ベクトルが上方に向かっていないだけ、
カオスな状態であるとも言えるわけです。

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カオスについては、

宇宙物理学の本などを読まれると
よく分かると思います。

(村山斉の

宇宙は本当にひとつなのか などがおすすめ)


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カオス自体は、それほど混沌さの原因を
表していないようにも思えます。

カオスの本質は、物事の本質を見る目が曇ることに
あるのかもしれません。

つまり、思考停止状態を表しているのです。


物事を見る目というのは、

非常に重要な要素でありながら

そうそう教わる機会はありません。


書式化できないからです。

教育要領が頼りの日本の初等教育では、
マニュアルに出来ないことは教えられないわけです。

(もちろん、マニュアルにする方法はあります)

それも、カオスなところなのですが

物事を見る目を曇らすことは

根本的に自由な状態ではなくなることも示唆しています。

カオスとは、俗にそういうことです。


カオスの本質について見てきましたが、


本質を見えなくすることが

カオスの根本であるとも言えそうです。

カオスとは、そういうものだということにしておきましょう。


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*カオスの将来*

物事は膨張すると乱雑になる(混沌さが増す)傾向に

あると言えます。というか、言われています。

かといって、0軸ベースへのフィードバックがあるので

一定のスパンを挟んでナチュラルベースに戻る傾向に
あるとも言えます。

物質の増大が、カオスの増大を招くわけです。


つまり、時代が進むほど

物事の本質を見る目が曇る回数が増えることも

示唆しています。

物事の本質が見えにくくなる訳です。

いったんそうなったら最後、破滅の道しかありません。


そうならないようにするためには、物事の本質を見つめる目を
育むことにあるような気もするのです。

物事の本質が曇ることは、破滅的なカオスの増大と
熱力学的カオスの膨張を意味しています。


このあたりの考え方は、ギリシアでも出ています。
まぁ、当然なのですが。

人が軸になって考えている以上、

カオスの増大は破滅を意味しているのです。

なんか恐怖を煽るみたいになってしまいましたが、

物事を見る目さえ失わなければ、

破滅は防げるということです。

カオスも減らせます。


なんとも基本的な結論で終わっていまいましたが、

物事とは大抵そういうものです。


基本的なところで終わるのは、

その論が基本的なところしか表していない部分も
指しています。


発展的な部分は、自分の頭で考えるものです。

考えることこそ、カオスから抜け出す根本を表して
いるかもしれません。

ご購読ありがとうございましたb





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