Nicotto Town


ふぉーすがともにあらんことを、あなたにも。


ネットというメディア

ネットというメディア。

自由に開かれてはいるが、

決してなんでも書き込んでいい
という自由を与えられているわけでは
ありません。

根本的に自由をはき違えています。

自由とは、
根本的に何かに束縛されない
ということであり、

なんでもしていいのとは違います。

明らかに違います。

自由は自分だけに適用されるものであり、

それを他人の範囲にまで適用すると
他人の自由を侵害することになります。

ですのでネットというメディアは
最大限慎重になって運用すべきです。

ヤフーにでているニュースもそう、
雑誌をコピーしただけのニュースもそう

ブログも、書き込みも
何もかもそうです。

なんでも書いていい
それは子供の論理です。

書く場所があるから
書いていいなんて誰が言うのでしょうか。

それでは落書きする場所があるから
落書きする子供の論理と一緒です。

よく権利を自由とはき違える人がいます。

言論の自由を振りかざす場合もそうです。

あれは、言論の自由が法的に侵害できない
=法律で取り締まれない

ということを指しています。

つまり、しゃべるなという法律をを
作れないという意味です。

ここで役立つのは慣習法です。

こういう場所でしゃべると
迷惑がかかる、

他人を慮ることを指して
マナーといいます。

マナーは法律ではありません。

法律はもともと国民を操作しやすい
ように自由を束縛するものです。

それが行き過ぎないように
憲法があります。

あれは、立法府が
国民の権利を奪えない
ように政府を束縛するものです。

言論の自由は
正常な場合において
言論を制限できないというものです。

それが迷惑なことだったり
明らかに他人を侵害するものだった場合は

それを保障されません。

というか、犯罪になります。

憲法にも
他人の権利を侵害する場合は
これを保障しない
と書いてあります。

つまり、ルール違反をしたら
権利は保障されません。

権利とは、
もともと法律などで制限できないように
あらかじめ決まり事として作られたことです。

なのでそれが迷惑の範囲にならない限り、
自分でルールを作って自分で運用することが
必要です。

法律で決まってないからといって、
人を殺していい決まりなどありません。

あくまでも法律は飾り。
個人個人で守れないから
法律があるのです。

法律で決めておいたほうが便利
という考え方をする人も
いるかもしれません。

ですが、ルールは本来
個人一人一人の中にあるべきものであって

大衆で制限されるべきことでは
ありません。

それこそ、人権侵害です。

個人はおろか、大衆がなんと言おうと
一緒です。

一人一人に平等に権利は
認められていますから、

個人個人一人一人が
平等なのです。


この話ではありませんが、

ネットにおいても
それが他人の権利を侵害するもので
あってはなりません。

不特定多数の目に触れる可能性が
高いメディアですから

なんでも書きたいように書いた場合
人権侵害あるいは名誉棄損にあたります。

というか、自分が書きたいから
といってなんでも好きなように
書きたい放題やるのは

子供の論理です。
明らかに稚拙です。

社会に出るべきではありません。
もう一回考え直すべきです。

なので私的なブログで
書きたい放題やるのもNG
(もちろん、他人の権利を侵害する内容の場合です)

間違った情報を流すのも
本質的にNGです。

そもそもブログを書くということは
フリーのブログにおいて
ジャーナリストと一緒です。

不特定多数の目に触れるのですから
当然責任があって然るべきです。

ジャーナリストはまだ仕事が
かかっていますから

下手なことは書けない
というストッパーはあります。

ですが、個人のブログの場合
なんでも書きたい放題です。

ネットの場合は、
なんでも書けば人が集まる
という

“余計な”欲望がありますから、

なおさら危険なことを書く可能性が
あるのです。

ある意味これはネットのクライシスとも
呼べます。

つまり、開かれているのを
いいことに

なんでも好き勝手放題やる人が
いるのです。

ネットも社会の一部ですから
それを許すわけにいきません。

法律がないからといって
隙間に好き勝手はびこる連中こそ、

本当の悪です。

私は悪魔という言葉を
飽く間 だと思っています。

一時期本気でそう思っていた時期も
ありました。

隙間に入り込む
という意味です。

飽いた 間 に
入り込むという意味です。

人間は、何か隙間を与えると
そこに入り込む
悪い連中がいます。

本質的に悪い連中とか
決めたくないのですが、

(本質的に悪い人なんて
多分いません)

あえて言うなら
世の中の隙間に
入り込む人が悪魔です。

悪魔払いとか、魔女裁判とか
あまりしたくありません。

そういうものが入り込むのは
好みません。

本質的に、
というかどっからどうみても
正義などないのです。

よって正義を振りかざして
人を殺すのも禁止です。

そういうのも悪のひとつです。

あえて、悪を挙げるとしたら
隙間に入り込むもの。

ルールを制定されるのを
よしとしない人間です。

もちろん、ルールは
本質的には必要のないものです。

各々個人がルールを決めて
守っていれば

ルールなんて必要ないのです。

ただ、ルールがないからといって
好き勝手やる人がいるのは
見過ごせない。

何も言われないからといって
器物損壊を繰り返す子供の論理と
同じです。

言論の自由は「侵害できない」
ものであったのであって、

それが「他人を侵害する」
場合は権利は保障されません。

雑誌で意味のないスキャンダル
を書く編集社にはそう言ってやりたいです。

法律・倫理・ものごとの論理を
分かっていない人が
世の中には多すぎます。

いえ、正確に言うと
多く見えているだけです。

そういうのは、多くの場合
ネットワークなどの場所にはびこります。

ネットは情報を拡散させやすく
また居心地もいいことから

そういう人が多いのです。

いい人ぶっといて、
じつは間違った情報を

発信する。

そういった人を
あなたは放っておけますか?

アバター
2013/06/19 14:46
読みました~(o_ _)o))
アバター
2013/06/19 02:26
ここ あとでゆっくり読みます~(´∀`*)興味深いです

寝るヾ(=^・・^=)ノニャン♪
アバター
2013/06/18 14:19
どっからどうみても動物です。

神もそんな猿に言葉を与えることなど
許さなかったでしょう。

(ちなみにこれはレトリックです。

そういう意味ではありません。
神など本質的にいませんが、

そういう方もいるので
あくまでも伏せておきます。

神を信仰している方は、
回れ右してください。

ここは日本人の
“あくまで”神を信じていない
人のブログです。

閉鎖されたネットワークですので
こんなことを書いていますが、

公開されていれば
そもそもこんなことは書きません。

神はそんな猿に言葉を与えるのを
許さなかった

の言葉の通り、

言い回し上の神です。

ですからあなた方の神を
否定するロジックではありません。

ご了承下さい。)

自分の言いたいことを言う。

それが公の場であって、
それが許されることではありません。

そんなものは明白です。
どこどこのだれだれ

という立場を利用して言っていいことも
ないのです。

批判と、侮辱は違います。

批判は批判されるべき
不特定多数に向かって行われるべきことです。

反対に、侮辱は
個人を名指しで否定して
行われることです。

個人を名指しで否定していいわけ
ではありません。

そういう場合は、多くの場合
人格攻撃を伴います。

無駄です。

ネットでそういうことを
するだけ無駄です。

話している「論議」にのみ
批判は繰り出されるべきであって、

人に話が波及するべきではありません。

そんなのは無駄です。
話を本質からずらしただけです。

それが他人のテリトリーを侵害する場合なら
なおさらそう。

論外です。道理から外れています。

怒りでここまで書きましたが
質問があるなら受け付けます。

この件に関することならなんでもそう、
言論の自由・法律など

権利に疑問を持った方でも
なんでも構いません。

疑問がある場合はどうぞ仰ってください。
アバター
2013/06/18 14:18
できないでしょう。

本質的に間違った情報を
流す人は誰でも嫌いです。

いいことを言ってるかもしれないから、
その場限りで信じてしまうだけです。

本当は疑っているかもしれない。

その思考を、考えをやめさせてしまうのが
「洗脳」です。

他人を侵害することは、
すべて洗脳です。

人間が情報空間を伴った生き物ですから
ある意味しょうがないことです。

ですが、法律で決まっていなくても
他人を無理やりコントロールしよう
とすることは洗脳です。

本来なら宗教裁判で断罪されるべきことですが
日本にはあいにくそのシステムはありません。

というか法治主義ではそれはできません。

慣習法だけの世界ならそれは可能です。

ですが、本質的に裁いたからといって
その正義が達成されるわけでもない。

はたまた、そんな権利などありませんし
そういう動議も許されるはずもありません。

裁かれないからといって、
やりたい放題やるのが悪魔です。

本当は悪魔なんて呼びたくありません。

特定できない、不特定多数を名乗る
全くの偽善者がいるからこそ、

それを悪魔と呼びます。

世の中とか、世間とか

そういって正義
(不特定多数を名乗るなにか)

を名乗る悪魔がいるからこそ
こういうことを書きます。

予告したからといって
そういうことをしていいわけがない。

他人の権利を侵害することは、
いかなる場合もしてはならないことです。

丁寧な言葉を被って
乱雑なことを言うことも一緒。

悪魔そのものです。
偽善者と呼ばすして、
なんと呼ぶのですか。

そういうことを言っていいはずはありません。
その人にいったいなんの権利があるのでしょう。

はなから、そう言っていい権利
(なんでも言っていい権利)

などないのです。

それこそが本当の悪です。

言いたいことを言う。
これが悪魔でないとして、

なんと扱いますか?






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