Nicotto Town


ふぉーすがともにあらんことを、あなたにも。


Universe-人が理解しあうためには

人が真に理解しあうのは無理なのか
という問いなのですが、

この考えは
そもそも

人はそれぞれの個々の宇宙を
持っており、

それは不可侵・不可逆的に侵略できない
ものです。

↑これ前提

であるならば

個々の宇宙は他人には見えません。

むしろそれぞれの宇宙に、
それぞれに解釈された他人が映る

と見てもいいでしょう。

この時点で、他人同士が
真に理解しあう可能性はなくなります。

余地としては、結婚することです。

結婚という行為は、
ある程度お互いの宇宙の接する
機会を持つことであり、

一時的に境界的接点を持ち得ます。

このことについては今回触れませんが、

重要なのは結婚のような手段を使わない
限り、

他人同士が理解しあう、ということは
無理ということです。

ここで前提になるのは、
できるだけ他人を理解するための
ロジックを身につけること。

論理的に他人を理解するのは
重要です。

自分の助けになるかも、
あるいは、他人の助けになれるかも
しれません。

そういう意味で重要なのは、
共通のゴールです。

他人と自分の最小公倍数を描く。

ある意味はこれはゲシュタルト(概念)の
構築と似ています。

ゲシュタルトについては
苫米地英人著書他多数/「圧倒的な価値を創る技術:ゲシュタルト
メーカー」をご覧下さいb

まぁ、ゲシュタルトについてはさておきとして、

他人との間に共通のゴールを設定するのは
重要です。

論理的に目標が生まれますから、
問題を共有しやすくなります。

いちいち馴れ合いがなくても
仲良くなることもできます。

目標を共有することは、
タスク処理の向上にも
つながります。

二人なら、出来ることも多いのです。

ただ、これが人数が増えすぎると
処理能力が下がります。

それ自体の処理能力よりも
関係の維持に使うパワーのほうが
多くなってしまうのです。

よって人間同士が根本で
理解しあうことは難しいかもしれませんが、

論理的に協力することは可能です。
そういうことが言いたかっただけです。

人間は他人を理解したようで、
実は理解していなかったりします。

自分の宇宙でしか解釈できないので
当然です。

他人の宇宙には入ることはできません。

ですが、長年一緒にいるなら……

あるいはお互いの宇宙のことは
理解しあえるかもしれません。

その際重要なのは、
お互い知識があるかどうか、です。

知識はすべてを理解するのに
役立ちます。

いつか他人との宇宙の接点を
理解するためにも

知識は非常に重要になってきます。

根本から宇宙を理解することも
可能かもしれません。

宇宙の中身は見えなくても、
宇宙の概略を理解することも
可能かもしれません。

とやかく、宇宙というものは
見えづらいですが、

他人の宇宙の全体像を
理解するための知識は必要です。

知識の成り立ちから言うと、
全体像を作ることが

宇宙そのものを作ることにも
つながります。

個々に宇宙があるので、
どういったことも可能です。

自分の中において、
不可能などないのです。

恋人との関係に行き詰った場合、
一度宇宙を見直すことも重要です。

相手の宇宙の中で自分はどんな
役割を果たしているか、

相手の宇宙との接点の中で
自分はどんな役割を果たせるのか。

人間の役割のことを、
認知科学などでは機能と呼びます。

それぞれに機能を与えて、
初めて意味が生まれる

というものです。

他人との関係性の中で
機能というものに焦点を当てると、

答えは簡単です。

役に立つと思わせれば
関係性を維持できるのです。

もちろん、恋愛状態では
それが愛などの高次的な感情によって
操作されます。

その辺のメカニズムは不明ですが、
とにかく、人間同士の関係で

機能という言葉は重要です。

人間は活発なとき、
邪魔になる人を排除しようと
します。

機能的に自分に寄与していない場合です。

もちろん、それはその人本人の視点から
見た場合で、

他人の宇宙の範疇ではありません。

ある人に役立たなかったからといって
ある人に役立たないか

といったらそうではありません。

機能は個人それぞれがそれぞれ決めるものです。

ですので人によって機能も違うし、
人が得る機能も違うのです。

すべては関係性です。

この考えを縁起とも呼びます。

何がどう関係しているか

によって機能を決めようというものです。

(人間の立場で見れば、
本人がしたいことによって
機能をそれぞれ決めます)

人間が生み出した
相互関係宇宙の機能は
すさまじいくらい膨大です。

それが本日の知識でもあります。

その知識の総体は、
人間自体のゲシュタルトと呼んでもいい。

そういうのを、集合的知識とも呼びます。

人間が生み出してきたものは、
この宇宙そのものです。

行ったことのないことを把握するのには、
知識しかありません。

この宇宙を形作っているのは、
人間の知識そのものです。

そしてその知識は
人間個々のなかにひとつずつあります。

そうして個々が積み上げてきたものは、
今日の人間の知識そのものです。

そういったユニバースな考え方から言うと、
この宇宙に必要のない人間などいません。

知識(=人間)の総体が、
今の人間の知識を作っているとすると、

欠けてもいい人間などいないのです。

すべては総体です。

そこでつながっていることを考えると、
戦争などバカバカしくなります。

差別・貧困もそうです。

自分だけの愚かな理由で
一部の人が苦しむ理由を作ってしまっただけです。

そういった事態は出来るだけ早く解消される必要があります。

もっとも、それを認識できるくらい
高い抽象度で生きることも重要です。

地球レベル、全宇宙レベルの抽象度で
物事を考えれる人が増えれば、

この宇宙が今後もっと
ユニバースなものになることに間違いはありません。

すべては認識です。

それはある意味唯識と呼べるかもしれません。

個々の認識がそれぞれの宇宙を成り立たせています。

あるいは、個々の認識がすべての宇宙を成り立たせている
とも言える。

どちらでもいいのですが、
すべてのものがユニバースであることほど
最良の状態はありません。

むしろ、基本の状態とも言っていい。

個々の宇宙を認識すること
=自分の宇宙を再定義することにも

つながります。

この世界はユニバースです。

あるいは、中身にはなんにもないかも
しれません。

個々の宇宙を構築するのは、
あなた自身です。

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2013/06/19 11:57
alfonceさんこんにちは✿◕ܫ◕
コメントありがとうございます✿

alfonceさんのコメント見ていたら、このままの自分でも良いのかもしれないと思えました(^^)
ずっとずっと考えていたんです。もう大人なのだから、一歩踏み出すことも大切なのかもしれないと。
でも、過去男性にされてきた数々の嫌がらせや恐怖は、なかなか消えてはくれません。
2年前に見知らぬ人から歩道橋から突き落とされた時は、もう男の人=恐怖でした。
今やっとお客さんとの対話であれば、お話することが出来るようになったぐらいです。

人を愛することを知らない私を友達は心配してくれていますが、いつかalfonceさんが言うように私を
理解してくれる人が現れるまではいいのかな、と思っていますm(._.*)m




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