Nicotto Town



女房役

「おい、あれ、山城雄大じゃねぇか?」

「は?」

「知らねぇのかよ!甲子園の怪童とか呼ばれて、中京レッズにドラフト掛かった野球選手だよ!サイン貰って来ようかなぁ!」

「止めとけよ。結局肩壊してプロ生活10年間、一度も一軍に上がれなかった選手のサインなんて、何の価値があるんだよ。」

「俺より詳しいじゃねぇかよお前。」





「お前の方から誘ってくれるなんて、珍しいな。雄大。」

ウザい。
酔っ払いのヒソヒソ話も、コイツの笑顔も。
やっぱり、バーなんかに入ったのは失敗だった。
”二人で会っていた”事の”目撃者”を多く作ってしまう。

「し、仕事の事で相談がありまして。二俣課長。」

だが、もう後には退けない。
今夜、俺はこいつに・・・

「仕事の話とは言え、二人きりの時に課長はやめろよ。」

復讐を、果たすのだ。






「しかし、あの頃の君は凄かったよな。」

嫌味か、俊二。

「エースで四番、野球の名門、白山高校野球部監督直々のスカウトとは。」

「お前だって、超有名校の青林学院に推薦で入学したじゃないか。」

「レギュラーになれなかったなら、どこだって一緒さ。それに比べて、君は・・・」

白々しいぞ、俊二。

「甲子園の怪童、ノーヒットノーラン8回、61奪三振。紛れも無いスターだった。」

「お前のいる青林に勝てた事は一度も無かったけどな。」

「だから、僕自身が試合に出た訳じゃ無いしな。何の自慢にもならないよ。」

掛けたカマも、するりと流された。
だが。
俺が何も知らないとでも思っているのか、俊二。




実はあの時、青林も俺を欲しがっていた。
が、白山に先を越された青林監督は、”お前を獲ったんだ”。
当時甲子園優勝最大の障害であった俺を”封じる為に”。




俊二はリトルリーグの頃から、俺の球を受け続けていた。
所謂、女房役、と言う奴だ。
打撃も守備もからっきしなコイツが中学時代レギュラーを張れたのも、他に俺の剛速球を捕球出来る奴がいなかったからだ。
それだけに。
俺の癖、弱点、全てを熟知していたと言っていい。
おかげで俺は、高校時代。
青林打線を抑え込む事が出来ず。
甲子園では前評判に反し、いつも2、3回戦負け。
青林は夏、春合わせて4連覇を達成した。




そしてその功労者である俊二は、何の努力も無いままに青林のエスカレーター式の大学にすんなり進学、更にそのコネで一部上場の一流企業に就職。
今では押しも押されぬ課長様だ。
俺はドラフトに掛かった物の、8位と言う微妙な立ち位置からのスタート故に、一軍での活躍が出来ぬまま。
がむしゃらな練習に身体が蝕まれ。
二年前、球団を追い出された。
おまけにコイツは。
金も職も無くした俺を、親切ごかして自分の会社への就職を世話しやがったのだ。
かつて、見下していた俺に対する意趣返し、なのだろう。
おかげで俺は、日々、忸怩たる思いを抱えて過ごしている。

『畜生・・・みんな、コイツのせいじゃねぇか!』

コイツさえ、いなければ。
青林打線に邪魔をされる事無く甲子園大会優勝を果たし。
今頃は、まだ一軍のマウンドに立っていられた、筈なんだ。
きっと、そうなっていたに違いないんだ。
それを、コイツは。
俺と言う存在を利用し。
俺の人生を踏みにじって。
俺に憐れみを掛け、笑ってやがる。

「ちょっと、夜風に当たろう。俊二。」

そう。
全て。
コイツが、悪いんだ。





「ああ、君と呑むと、いつも酔うまでグラスを傾けちゃうな。」

俊二は俺に背を向け、ううん、と伸びをしている。
バーの脇の、路地裏だ。
周囲に人目は無い。
絶好の機会だ。
俺は、懐から、用意していたナイフを取り出し・・・

「雄大。」

俊二は、振り向かぬまま、俺の名を呼んだ。
そう。
相変わらず、俺に背を向けているのだ。
狙うは、右の脇腹。
腎臓を貫き、肝臓まで切り裂けば・・・

「あの頃からの、君の最大の欠点は、ね。」

さあ、やれ。
やるんだ。
震えてないで、行くんだ。
畜生。

「チャンスに怖気づいてしまう、って所だよ。」

振り向きやがった。
何もかも、見透かしたような、笑顔で。

「さ、物騒な物は仕舞って、もう一軒、行こうじゃないか。」

畜生。
いつになったら、コイツに勝てる日が来るんだ。
俺は涙を拭い、先に立って歩く俊二の背中を追った。
ナイフは、ポケットに突っ込んで。





『畜生・・・俊二の野郎・・・』

それから、ほんの五年。

『俺が刺す前に、癌なんかにやられやがって・・・!』

俺は、俊二の遺影を見詰めていた。

「あの・・・」

焼香の途中だ。
俺がいつまでも立ち止まっていると、他の参列客の迷惑なんだろう。
喪主である俊二の妻が、俺に歩み寄る。

「すみません。今・・・」

「山城雄大、さん、ですよね?」

どうも、動かない事に対する抗議では無かったらしい。

「主人から、これを預かってまして・・・」

す、と、差し出される封筒。
俺はそれを受け取り、中の手紙を開けて・・・

「こらぁ!俊二ぃ!」

文面を読み終わると同時に、遺影に向かって怒鳴り付けた。

「嘗めやがってこの野郎!」

手紙には、こう書かれていた。

”下に見ていた相手の部下になった気分はどうだった?人生の終着点に於いては、僕の勝ちだね。”

「俺が、そんな間抜けに見えるってのか!」

解っている。
俊二が。
”何の努力もしてなかった”なんて、俺が俺に吐いた、嘘だ。
”打撃も守備もからっきし”な身体能力しか持ち合わせていない俊二が、他の誰にも受けられない俺の速球を捕る為に、どれだけの頑張りを要した物か。
そして。
コネで入社しただけの奴が、何の苦労も無く、課長にまで出世できる物か。
コイツは。

「俺の居場所を勝手に作って!」

コイツは。

「今度は”負けずに生きて行け”だとぉ!」

俺には、解る。
コイツの、この手紙には。
そんな意味が、込められているんだ。

「やってやらぁ!」

そう言えば。
バッテリーを組んでいた頃。
俺を盛り上げ、発奮させるのが、妙に上手かったんだ。コイツ。

「俺にはこれから、”時間”って言うチャンスが腐る程あるんだからな!」

俊二。
俺は、これから。
このチャンスに尻込みせず、しっかりした速球を投げ抜いてやるぜ。

「あの世で悔しがってやがれ!」

俺の耳に。
スパン、と。
球がミットに入る音が。
確かに、その時、はっきりと聞こえた。






[完]








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2014/11/29 11:41
個人的視点による意見ですが。

スポーツは時に、才能のある物と無い者を、無慈悲に仕分けし、持たざる者をゴミのように切り捨てます。

それでも。

切り捨てられた物がふと握った掌を開いた時。

そこにある、小さな物に、気付く事が出来るのならば、或いは。



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