Nicotto Town



人形

「ただいま、母さん。」

久しぶりの実家は、たった三年で妙に寂れていた。

「・・・お帰り、雄一。」

母も、随分と老けこんだように見える。
が、それは年月のせいだけでは無い事を、僕は知っている。

「雄二の容態は?」

「・・・あと、半年だって医者に言われたよ。」

「・・・そう。」

弟の余命を聞き。
”安堵している自分がいる”。

「子供の頃は、まさかお前じゃなくて、”雄二の方が”こんな事になるなんて思っても見なかったけどねぇ・・・」

「僕は心臓病、雄二は白血病だろ。全然違う病気じゃないか。」

ファロー四徴症。
僕のその病は、かなりの重度だったらしい。
後で聞いた話だと、最後の手術はほとんど”賭け”で、その成功は学会報告された程の、稀有な例だったと言う。

「・・・同じ事だよ。」

母が小さく呟く。
親としては、”息子が自分より先に逝く”事が、余程応えているらしいが。
”雄二がどんな子供だったか”を知って、それでもそんな顔が出来るのだろうか。





「雄一?何をしてるんだい。」

「構わないでくれ。」

僕は、庭の片隅にスコップを突き立てていた。
雄二の見舞いから帰ってすぐ。

『あれは・・・』

自分の記憶の、確認の為に。

『夢じゃ無かったよな・・・』




病院のベッドの上。
僕の顔を認めると、雄二は。

”良く来てくれたね。有り難う。”

と。

”忙しいのに、ごめん。”

と。
謝意を、弱々しい笑みと共に、告げたのだ。
あの言葉に、表情に。
嘘があったとは、到底思えない。




『あっ。』

スコップの先に、固い物が当たる。

『やっぱり・・・』

土の中から出て来たのは、大人の掌程の大きさの、戦隊ヒーローを模したビニール人形だった。
それは。
胸の辺りが、破損していた。
ナイフかカッターか。
何等かの刃物で、執拗に切り付けられて。

『雄二は僕を・・・呪ってやがったんだ!』




子供の頃。
その病故に、殆どの時間は、病院ですごしていた僕。
が、時に、自宅への外泊許可が下りる事もあり。
そんな日の夜中。
トイレに起きた僕は、見てしまったのだ。
弟の雄二が。
僕の名を、呟きながら。
人形に、刃を突き立てている姿を。
その、鬼気迫る形相は、今でも脳裡に焼き付いている。





「へぇ、そんな事があったのか。」

僕はその日の内に、一泊だけで故郷を後にした。
引き止める母に、仕事を理由にして。
僕に呪詛を向けて置きながら、ぬけぬけとあんな言葉を吐く弟と。
その余命にめそめそする母の姿。
どちらも見るに耐えなかったからだ。
今はその愚痴を零す為。
大学時代の友人、中沢とバーで呑んでいた。

「あの野郎・・・僕に何の恨みがあって・・・」

或いは、あの心臓病は。
弟の呪いが、功を奏して・・・
それで死の際まで追い遣られていた事を思うと、寒気がする。
僕は思わず、ぶるりと震えた己の身を抱いた。

「でも、な。雄一。」

ふと、中沢がグラスを置いて、僕に告げた。

「ファロー四徴症は、先天性心疾患だぞ?」

「・・・え?」

「つまり、後から生まれた”弟”が、どう呪いを掛けようと、発生する病気じゃあ無い。」

「・・・」

そうなのか。
だけど・・・

「それからな。雄一。」

「・・・何だよ。」

「土偶、知ってるだろ?」

「・・・は?」

「縄文時代に作られた、人形の事だ。」

「そりゃ、知ってるけど・・・」

「あれ、な。」

中沢が、ぐい、と顔を寄せる。

「完全な形で出土する事は、ほとんど無いんだ。」

「・・・完全、な?」

「手とか足とか頭とか、必ず何処かが、欠損している。」

こいつは一体、何が言いたいんだ。

「そりゃ、縄文時代と言ったら何千年も前だし、当然じゃ・・・」

「ところが。」

中沢がにやり、と笑う。

「土中で、経年によって破損したと言う形跡は無いんだ。欠落した部分の欠片も見付からない。更に、その欠損部分の傷口を観察すると、どうも”初めからそこを人為的に壊した”ような痕跡さえ、ある。」

「・・・何の為に?」

「まじないの、一種だと言われている。」

「まじ、ない?」

僕の脳裡に、あの胸が切り裂かれた人形が像を結ぶ。

「病気や怪我をした際、”人形に患部を引き受けて貰う”為の、な。」

「・・・え?」

「身代わり地蔵、みたいな物かな。そうする事で、人間の身体が治ると信じられていたんだ、って話だが。」

「・・・」

「庭から出て来た人形は、その一体だけだった、んだろう?」

そうだ。
それから間も無く、僕の手術が成功し、全快したんだった。
もし、雄二が僕の命を狙ったのだとしたら。
その後も継続して、呪い続けた、筈なんだ。

「・・・雄・・・二・・・」

「現代でも、似たようなまじないの儀式は実在しているらしいよ。」

「僕の・・・手術が・・・成功した・・・のも・・・」

「それは解らないさ。全面的に否定するつもりは無いが、まじないなんて、単なる気休めの産物かも知れん。だけど、な。」

中沢が、置いていたグラスを手に取り、中身をぐい、と呷った。

「そこに込められた想い、って奴ぁ、本物、だろうさ。」

「雄二!」

「今は・・・まだ、八時前、だな。」

立ち上がった僕の傍ら、中沢が自分の腕時計を読み上げる。

「君の故郷へ向かう新幹線の最終には、間に合うんじゃないか?」

「・・・!」

気付けば、僕は、駆け出していた。
バーを出て、一路、最寄りの駅へ。

『雄二ぃっ!』






後で聞いた話だが。
一人バーに残された中沢は。
いいさ、ここの払いは弟さんへの御見舞い金って事で、と、愚痴を零していた、そうだ。






[完]

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2014/11/30 09:55
今日も何だか甘々な話ですねぇ。
ギャグやコメディ、ホラーには、やはりセンスが必要で、中々踏み込める領域に無いかも知れません。



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