OSHIRA ②
- カテゴリ:自作小説
- 2015/01/30 18:50:02
「へへー!気持ちいいね、旦那様!」
京が、うん、と伸びをする。
「うむ。天気が良くて何よりだ。」
小さく微笑んで、夫の正衛が応じる。
「でも、旦那様と旅が出来るなんてさ!あ、山百合!」
「・・・遊びでは無いのだぞ。」
これは、正衛の”御役目”の為の道行きだ。
が。
「解ってる!でも、凄いよねー!旦那様!」
「・・・」
「十万石の、大名の御殿様直々に仕事を依頼されるなんてさー!」
「・・・」
「さっすが、私の見込んだ・・・どったの?」
「・・・いや。」
京には悪気はないのであろうが。
その言葉は、正衛の胸を、ちくちくと苛む。
「しっかし、御父様も現金よねー。」
「・・・また、その話か。」
「だって、腹立たない!?」
京が正衛にぐい、と顔を寄せる。
「”己が一人の食い扶持も満足に稼げぬ食い詰め浪人に、大事な娘を嫁にくれてやる訳には行かぬ!”とか言ってた癖にっ!」
「・・・」
「旦那様の仕官が決まった途端、”ふつつかな娘ですが、どうぞ宜しく”とか言っちゃって!」
「・・・ぷっ!」
一々、父親の顔と声を大袈裟に真似る京が妙に滑稽で、正衛はつい吹き出してしまった。
「なーにが可笑しいのよぅ!」
「い、いや、済まぬ。」
「まぁ、いい気味よね!あんなに馬鹿にしてた旦那様が、今や押しも押されぬ直参の御武家様!幕府直属怪異改方長官ですもの!」
「・・・」
「ねぇ、旦那様。」
「ん?」
「やっぱり変よ?どうかした?」
「・・・いや、別に・・・」
「隠したって駄目!だって、私・・・」
「何だ。」
「・・・旦那様の、妻、ですもの・・・」
未だ、そう自称するのは照れるらしい。
着物の袖をもじょもじょといじくりつつ、染まった顔を伏せる。
「・・・」
その初々しい所作に、正衛の胸がつい温もる。
「だから、ね?何でも言って?」
が、次の瞬間には、真剣な眼差しを正衛に向けて来る。
「・・・」
ころころと表情が良く変わる娘だ、と思いつつ、それでも本気で案じてくれているのだ、と言う事を、正衛は呑み込んだ。
「いや、何な。」
「うん!」
「己の不甲斐無さを思うて、な。」
「えーっ!何でぇ!?」
驚き半分、抗議半分。
京は目を真ん丸に見開き、大声で疑問符を投げ掛けた。
「旦那様、ちゃんと仕官して、立派に御役目果たしてるじゃんっ!」
「・・・その、御役目も。」
正衛の口許に、ふ、と苦笑が浮かぶ。
「お前の御蔭で手に入れ、そして務まっている物だから、な。」
以前、本田正衛は、ひょんな事から、さる長屋の幽霊退治を依頼された。
しかし、正衛は、法力がある訳で無し、念仏も南無阿弥陀仏程度しか知らないし、剣術も(お情けで免状を頂いた)切紙(現代の初段)程度である。
さて、どうした物かと思案している内に、その女の幽霊と遭遇してしまった。
慌てたのも束の間、迷うて成仏の仕方も解らない、外をふらふらするのもみじめだと言う幽霊の言い分を聞き、すっかり同情してしまった。
しかし、幽霊をそのままにして置けば、長屋の大家が困る。
その解決策として幽霊に提案したのが”正衛の嫁になる”事であった。
全く頓珍漢な男である。
一方、幽霊としては。
自分をさして怖がらない肝の据わった正衛を(と言うか、単に鈍いだけかも知れないが)憎からず思い始めていた事もあり、それを承諾してしまったのだ。
が、幽霊の成仏を妨げていた自身も知らぬ”未練”は、図らずも”理想の男に嫁ぐ事”であった。
斯くして、幽霊は昇天・・・
と、思いきや。
これまた自分でも忘れていた事だったが(それも随分と間の抜けた話だが)、その幽霊、実は死んではいなかった。
事故で頭を打ち、以降、肉体の方は意識を失ったまま、生霊として彷徨っていたのだ。
その幽霊が、誰あろう、京である。
息を吹き返した京は、確かに契りを結んだと、正衛の元に押し掛け女房。
そして、その後。
噂が噂を呼び、”幽霊退治は本田正衛に任せろ”と言う話が、わっと広がってしまったのだ。
頼まれ事を嫌と言えぬ正衛は、依頼の都度、現場に出掛ける羽目となる。
そこで、役立つのが京であった。
京は件の事故以来、自在に肉体と魂を分離する術を身に付けてしまっていた。
生霊と化した京は、幽霊共の言い分を聞き、説得に当たる。
霊同士の仲間意識なのか京の弁が立つのか、京の生霊と話をした幽霊は成仏してしまう。
そうこうしている内、正衛の評判は増々高くなる。
遂には上様の耳にまで正衛の名が届き。
幕府は怪異から民を守る為の”怪異改方”を設立、正衛を召し抱え、その長官に据えてしまったのだった。
そしてその後も、京は正衛の助手を蔭ながら務め・・・と、言うより、正衛が助手の様な働きで事々を処理している。
「なーに言ってるの!」
京は、どん、と正衛の背中を叩いた。
「ぶほっ!」
「旦那様あっての御役目です!私はそのお手伝いをしてるだけ!」
「どちらが手伝いやら。」
「もうっ!」
「お、おいっ!」
京は正衛の身を、ぎゅ、と抱き締めた。
「愛しい御方だからこそ、京も手を貸させて頂いていますのに・・・」
「こ、この様な往来で、ひ、人目が有ろう!」
「人目?」
「・・・!」
そう。
今回も京は”魂のみ”で同道しているのだ。
その姿を捉える事が出来るのは、正衛だけである。
「余人に見えぬ物を見る事が出来るだけでも凄い事ではありませんか。もっと自信をお持ちになって・・・」
「しかし、霊共には刃も届かぬ。」
「魂だけですもの。」
「それは狡いと思うのだ。」
「狡い?」
「向こうはこちらを掴んだり投げ飛ばしたり出来る物を・・・」
そう言った目に遭ったのは、一度や二度では無い。
「それは・・・」
京の目が、妖しい輝きを帯びた。
「この様な、事で御座いますかぁ?」
「お、おわっ!」
「それとも、こーんな・・・」
「待っ!ちょっ!ひ、人目がっ・・・!」
押し退けようとする正衛の手も、京の身体を擦り抜けてしまう。
「うふふ。だから誰も京の姿は見えません、ってばぁ。」
「そ、そうは言っても・・・!」
「だ・か・らぁ・・・こーんな事を、して、見たりぃ・・・」
「こ、こらっ!京っ!い、何時からそんなふしだらな女に・・・!」
「あらぁ。嫁いでより、毎晩、ふしだらな事を京になさっておいでなのは、何処のどなた様、ですよぅ・・・」
「そそそ、それはっ・・・!」
「京がふしだらだと仰るならば、”そう”した御方が、責任取って下さりませよぅ・・・」
「ば、馬鹿っ!だ、だからそこを触っ・・・き、京っ!」
「うふふふふ・・・」
二人は騒々しく、中仙道を北に向かって歩く。
途中、擦れ違った馬方が、”一人で”騒ぎつつ身を捩り行く正衛の姿を見て、首を傾げた。
[つづく]
どんなふうに化け物退治するんでしょう。わくわくです^^
「商人の娘と武家の男が結婚出来るのか?」
江戸期には武家は武家、町人は町人としか婚姻を結べない、と言う法度が、確かにありました。
が、それにも抜け道はありまして。
”町人の娘が、然るべき武家の養女となる”事で武家の娘扱いとなり、クリアできていました。
江戸時代後期には、旗本が金で”旗本株(旗本である身分的権利)”を売ったりしていたので、わりと緩々だったみたいですね。