Nicotto Town



OSHIRA ③

「御呼びにより参上致しました。本田正衛に御座います。」

「妻のぉ、京でーっす!」

畏まる正衛の傍ら、妻と言う言葉に照れながらも元気良く片手を振り上げる京。
どうせ相手には見えてはいない。
それが解っていても、つい正衛の顔が歪む。

「うむ。南部利済である。」

やはり、京の所作も知らずに真面目くさっている盛岡藩藩主の様子に

「・・・ぷっ。」

正衛は、つい吹き出してしまった。
京など、腹を抱えて転がり回っている。

「何か。」

「いえ、何も。」

正衛は、さ、と居住まいを正す。

「で、御用向きは。」

こう言った切り替えの早さは、確かに正衛の並では無い所である。

「・・・うむ。実は、な・・・」

正衛の問いに利済の歯切れが悪くなる。
落着き無くあちこちに視線を飛ばし、手元の扇子を閉じたり開いたり。

「他言は致しませぬ故、御安心を。」

「いや、別に・・・そ、そうか?」

正衛の促しで、利済は漸く

「・・・化け物を、退治て欲しい。」

重い口を動かした。

「化け物・・・で、御座いますか?」

「うむ。」

「それは、どの様な。」

「うむ。月に二、三度、城下に出没し、人を殺める。」

「人を?」

「そうじゃ。姿を見た者の話では・・・」

「・・・”姿を見た”?」

「身の丈は六尺五寸程でな。それに・・・」

「お、お待ち下さい!」

「・・・何じゃ。」

「そ、その、化け物、と言うのは、その・・・」

正衛、こくり、と喉を鳴らす。

「実体が・・・ありますので?」

「じったい、とは?」

「つまり、霊魂とか、祟りとか、そう言う・・・」

「そう言った類の物では無い。」

「え・・・」

「”そいつ”は、確かにそこに出でて、家中の者に狼藉を働くのだ。」

「・・・」

正衛は、暫し呆然とした。

「旦那様。」

先程まで、そこいらを物珍し気にうろうろ歩き回っていた京が、耳元に囁く。

「私、幽霊とは話付けられるけど、妖怪の言葉なんて知らないよ?」

「南部様。」

その声で我に返り、正衛は口を開いた。

「実体の有る物ならば、私の仕事ではありませぬ。」

「解っておる。」

利済は、ふぅ、と溜息を吐いた。

「上様から伺っておった。御主は、先程、自身が語った様な・・・祟りやら幽霊やらと言った怪異の専門、らしいな。」

「御存知でしたら・・・」

「まぁ、聞け。そう言った怪異とも、全く無関係では無いのだ。」

「・・・は?」

「実はな・・・」

利済は、以前にこの盛岡城で起こった、南部利謹に纏わる事件を、語った。






「何と・・・」

話の内容に、正衛は再び忘我の態に陥った。
傍らでも、京がぽかん、と口を開けたまま固まっている。

「どうじゃ、本田殿。」

「・・・は?」

「死した物が、姫を孕ませる・・・その様な事が、実際にあるのか。」

「いや、それは・・・」

ちら、と京を伺う。
が、京は掌と頭をぶんぶんと振る。
知らないらしい。

「・・・私も、その様な事象には、未だ御目に掛かった事は御座いませぬ。」

「ふむ。」

「が・・・」

「ん?」

「海を越えた大陸には、死人の霊魂と情交致す話が、幾つか伝わっております。中には、その行為で子を成した、と言う顛末の物も。」

「ほう!あるか!」

「しかしそれは、未だ腐らずにいた遺体が孕む話で、肉体の無い霊魂が、となりますと・・・」

「・・・むぅ。」

「何より、人と馬が子を成す、とは・・・」

「しかしな。」

利済は視線を落とし、沈痛な面持ちで、息を吐くが如くに言葉を落とした。

「産まれて、しまったのじゃ。」

「・・・え?」

「その、瑠璃姫と、千青の、子が、な。」

「ええええっ!」

思わず叫んだのも、無理からぬ事だろう。
が、考えて見れば、孕んだ話まで聞いたのだ。
それから、それなりの時間が経過すれば・・・
それも、自然過ぎる程、自然と言えなくも無い。

「姫は、産後の肥立ちが悪く、それから三月程で、死んだ。」

「・・・」

「と同時に、その赤子も、姿を消した。」

「生まれて三月に過ぎぬ、赤子が、ですか?」

「・・・馬の生後三月なら、自分の脚で走れよう。」

「馬・・・」

「姫は赤子を四六時中、己の胸に抱き、誰に預ける事も無く、その顔を余人に見せはしなかったのだが・・・」

やはり、利済の口は、重い。
家中の恥を思って、だろうか。
或いは。

「一度、亡き”夫”を偲び、病の身をおして厩に足を運んだ事が、あったそうじゃが・・・」

恐ろしい、のだろうか。

「”ほら、ここが御父上のいらっしゃった所ですよ”と、御包みを向けた拍子に・・・馬番が・・・見たそうじゃ。」

「見た・・・」

「そこから覗いた、仔馬の、頭を・・・」





「どう思う?京。」

「どうって言われても、ねぇ・・・」

一通りの事情を聞き終えた二人は、調査と称して城下を歩いていた。

「家中の者を襲うのは、父の仇討ち、だろうか。」

「その、利謹って人はもう死んでるんでしょ?」

「故に、矛先が家来や郎党に向いた、とも考えられる。」

「・・・その子って、今のお殿様にとっては、甥、って事になるのよね・・・」

利済は、藩主を継ぎそこなった利謹の息子に当たる。

「うむ。」

「・・・確かに、藩内の人じゃ、退治し辛いかもねぇ・・・」

「・・・そもそも。」

ふ、と。
正衛が、空を仰ぐ。

「死んだ馬が女人を孕ませる等、あるのだろうか・・・」

京に問うた訳では無い。
疑問を何気無く呟いたに過ぎぬ。
が。

「・・・京?」

いつもは打たれる相槌が無い事に違和感を感じて、視線を戻す。

「・・・どこだ?京?」

しかし、京の姿が見当たらない。

「京?京!」

「はいはいはい!」

呼び掛け続けていると、やがて、京がすぅ、と姿を現した。

「何だ。何処へ行っていた。」

「・・・やぁね。もうっ。」

頬を染め、もじもじしつつ、睨むような視線を送って来る京に

「ああ。不浄か。」

正衛は察した。

「口に出して言わないでよっ!」

「すまん、すまん。」

京は魂を抜いていても、身体は結局、生きている。
腹も減るし、用も足す。
食事は魂のままでも摂る事が出来、ちゃんと身体の方の腹も膨れる。
が、用足しについては、一旦、身体に戻らないといけない。
正衛には、其処ら辺の仕組みは良く解らない。

「・・・しかし、京の身体はこうしてる間は眠っている様な形なのだよな。」

「まぁ、そうね。」

「不用心ではないかな。」

「不破さんが見ててくれるから、平気よ。」

不破とは、正衛の長屋時代に、近所に住んでいた、元浪人である。
正衛が取り立てられた際、怪異改方に自ら志願し、今は同心扱いとなっている。
正衛唯一の部下だ。

「・・・しかし、不破殿も、独り身の男だし・・・」

「何の心配してるのよぅ!」

京はけらけらと笑う。

「大丈夫。不破さんは、女には興味無いんだもん。」

「・・・」

それは、正衛も薄々、察していた。
むしろ、京よりも正衛自身が身の危険を感じる事が、たまにある。

「旦那様に気に入られようと、寝ずに番してくれてるわ。」

「・・・それは。」

恋敵、とも言える相手を、その想い故に利用している京。

「少々、酷い、かな。」

「あら。知らなかった?」

「何を。」

「女って、残酷な物よ?」

けたけたと笑う京に、正衛はこっそり溜息を吐いた。

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2015/01/31 21:13
はいはい。

解説です。

南部利謹は、八代目の盛岡藩藩主になる予定の人だったんですが、色好みを始めとした乱行がバレちゃって、結局、大名になりそこなっちゃった人です。

特に寵愛したのは「るん」と言う(なにその名前)側室だったそうですが、その人との間には何人か子供がいたっぽいです。

瑠璃姫はその一人という設定ですが、史実とされる資料にはその名前はありません。

そして利済は利謹の正室との間の子だったらしいのですが、どうも他に継ぐ人がいなかったので、藩主のお鉢が回って来ちゃった人のようですね。

利済は十二代藩主になります。

どうも、そこらへんの血族はごちゃごちゃややこしい事になってしまっています。

何があった!状態ですわ、ホント。



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