Nicotto Town


ふぉーすがともにあらんことを、あなたにも。


リヴィングフォースについて

リヴィング(リビング)フォースを単純に生命エネルギーの循環と捉えれば
簡単なのだが、例えば19世紀の帆船の艦隊戦を見てみよう。

吹き上がる水飛沫、裂ける艦体、唸る砲弾、怒号、乗組員の悲鳴、叫び声……

たしかに、戦いといえば戦いでそれまでなのだが、
帆船の時代の砲撃戦といえば(それに限らず陸上戦でも)
まさしく、命と命のやりとりだったように思う。
(ハイテク兵器もないから当然である。すべてが等価交換の世界。命のね。)

リヴィングフォースという考え方からは一見砲撃戦なんかは逸れるようだが、
実際は一緒である。(もしこの世界に興味を持たれた方は〈安全な〉ゲームで
それを試されることをおすすめする。シミュレーションゲームなんかがおすすめ)

18,19世紀の砲撃戦をフォースと結びつけてしまうのもやや強引かと
思われるかもしれないが、平坦に観て(平たくみて)等価交換が成立していれば
だいたいはフォースなのである。リビングフォースが生命の循環と捉まえるなら
等価交換の交換、やりとりもフォースの一種、リビングフォースなのである。


まず、スターウォーズ式のリビングフォースの捉え方から見ていただけたらと、思う。
http://www.starwars.jp/wiki/%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%B9

フォースの捉え方と、その方式についていろいろ書かれていると思うが、
リビングフォースとは、生けるフォースの循環であり、またそのやりとりの総称である。

だから、交易も、貿易も、剣術も、砲撃戦も帆船も(風を利用しているため)、踊り(ダンス)もすべてフォースであり、その使い方としてはリビングフォースなのである。

大まかな捉まえ方をすると、人々が生き生きとしている状態でのフォースの状態または使い方捉え方をリビングフォースと呼ぶのであり、ユニ……なんとかという宇宙全体を捉えるフォースの考え方はいわゆる究極のフォースであり、運命をも包摂した宇宙の全体像なのである。逆に、リビングフォースの考え方は若干小乗というか、自我に近いいわば〈自分の人生における〉という次元でのフォースの捉え方、といっても過言ではない。(一気に説明してしまったが)

もちろん、(ジェダイとして笑)フォースの使い方をマスターするには人生や思い、自我といった小さな事柄はとうの昔に捨ててこなければいけない概念であり、やはり大いなるフォースに身を任せるには小さな事柄は捨ててより大いなるもの、にシフトしていかなければならないのである。その過程で、先ほどのユニファイング・フォース(大いなる、統合された)という考え方は宇宙を全体像で捉えたフォースであり、こちらはより仏教などでいう悟りに近いと思う。
どのみち、ここで論じているのは実際にフォースを使う(実学のフォース)考え方であり哲学、思想体系としてのフォースなのである。(もちろん、実際にフォースを使う、というのは思考の過程に活かす、ことをいうのであり、物をキネティックで動かしたり飛ばしたりするためのフォースではない。あくまで地球には地球の物理法則があるのだ。また、それを実学としてのフォースと呼ぶ。)

フォースの考え方というかそれに至った過程については、ここで筆肉を割く余裕はないが、簡単にいうと便利だからである。また今の世には空などの概念を超えた宇宙全体を捉える考え方が必要―。また、宇宙全体を全体像として包摂する哲学体系ような考え方も必要―。なのでフォースという考え方に至ったのである。またスターウォーズさんにそのために度々ご出演願うのもそのためである。言わずもがな。

哲学体系としてのフォースの考え方にはもう言うことはないレベルなのだが、
実際に使う(応用する)となるとどうか、これにはいささか思考過程が必要である。


フォースは全体であり、全体とは宇宙、すなわちこの世の全体像なのである。
またフォースはすなわち生命エネルギーあるいは生命の全体そのものであり、
それらの循環またはそれらのやりとり、全体における循環をフォースと呼ぶのである。

またリビングフォースという考え方はそれらの生命体に操作可能な〈生けるフォース〉
の部分であり、地球におけるフォースの流れの主要な部分(地球上では相変わらず人間が主導権を握っている―)である。人間は生きている間にだけフォースに働きかけられるのであり、死んでいる間はいわゆるフォースと一体の状態(主導権を持たない)であるため、リビングフォースにおいては人間の生きている間にだけ存在する概念でもあり、またフォースにおける主要な流れともいえるであろう。(繰り返しになるが)

逆に、(統合された)ユニファイングフォースという考え方ではどうだろうか。
こちらは、(繰り返しになるが)統合された宇宙の全体像としてのフォースであり、
いささか本来の悟りに近いものがある。

この悟りに至る過程としては、まず人間ならリビングフォースから入ってそれから全体像へ、といくのが正しいのだろうが、いきなり全体像へ行ってしまう人もいなくはない。

ただ、人間は悟りの足りない状態では常に煩悩に捉われる存在であり、
その都度そこから抜け出すにはやはりリビングフォースというか、より全体像へ導く力が必要なのである。その意味では悟りの修行を含めリビングフォースを通じていると言わざるを得ない。人間は自然にリビングフォースを使い体得しているのだ。〈続く―〉





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