目
- カテゴリ:自作小説
- 2015/02/22 21:15:21
「この女性を探して欲しい。名前は、小田清子だ。」
くすんだ肌の色。
むくんだ輪郭。
一代で財を成したミムラグループ会長と言えど、寄る年波には敵わないらしい。
「・・・儂はもう、永く無い。」
それでも、そこを覚ってる辺りは流石と言うべきか。
「だから、”その時”までに、彼女に一目会いたいのだ。」
「・・・」
俺は三村泰三の瞳を、真っ直ぐに受け止め。
「・・・随分、古いね。」
”嘘が無い”事を確認すると、渡された写真に目を落とした。
モノクロのそれにはモンペ姿に三つ編みの、十代後半と思しい娘の姿があった。
「70年近く昔の物だからな。」
「恋人?」
「・・・私は、そのつもりだった。」
つまり、初恋の人、と言う奴だろう。
「だけどさ。」
俺は少し気になって尋ねた。
「あんたくらい金と権力があるなら、何も俺に依頼しなくったって。」
「・・・君は、自分の能力を過小評価する癖があるようだ。」
泰三の肩が小刻みに揺れる。
笑っているらしい。
「”人探しは御前俊之に頼め”・・・その筋では有名だよ、探偵君。」
「・・・そうなの?」
まぁ確かに、今まで探して見付けられなかった人間はいないけど。
それは単に、依頼が簡単過ぎただけの事だ。
「・・・頼むよ。金なら幾らだって・・・」
「ま、金は見付かってからでいいよ。経費込みで請求させてもらう。」
「無欲な所も、噂通りだな。」
「・・・」
ひょっとしたら、俺に依頼した一番の動機は、そこなんじゃないだろうか。
何せ、これだけ事業を広げた経営者だけあり、有名な銭ゲバだ。
「あの。」
俺が三村邸の門を退出する寸前、背後からか細い声が聞こえた。
「御祖父様に、人探しを頼まれた方、ですよね。」
振り向くと。
二十歳前後だろうか。
ロングの黒髪が良く似合う、清楚な佇まいの女。
如何にも”深窓の令嬢”と言った出で立ちだ。
「三村凛、さんだね。」
「ど、どうして私の事を・・・!」
「今、三村泰三を”御祖父様”って言ったじゃねぇか。」
確か、泰三には娘が一人しかいない。
そしてミムラグループ傘下の会社社長から婿を取り、これまた娘が一人生まれた、と、週刊誌で読んだ事がある。
それだけの事を、そんなに驚かれても。
「流石、探偵さんですね。」
「で、何の用?」
「・・・御祖父様の依頼ですけど・・・」
凛は、暫く言い淀んだ。
「・・・」
俺は、彼女の瞳をじっと見詰め
「・・・小田清子を探すな、って?」
語り辛そうな本人の代わりに、それを口にした。
「・・・実は・・・そうなんです・・・」
これで解かった。
泰三が俺に依頼せざるを得ない状況にまで追い込まれたのは、彼女の意向で小田清子捜索が打ち切られたせいなんだろう。
「つまり、あんた・・・」
「凛っ!」
俺の言葉は、怒号に遮られた。
「お、御祖父様っ!」
ドアの前には、顔を真っ赤にして震える泰三の姿。
「やはりお前が、清子を探す邪魔をっ!」
「ち、違うの!御祖父様!」
「儂の遺産か!清子にも分与すると言い出すと思って・・・!」
「御祖父様!そんなに興奮したら、御身体がっ!」
「煩い煩いっ!可愛い顔をして、何と言う悪女だ!貴様の様な・・・!」
そこで。
泰三はうぅ、と呻き、胸を押さえて崩れ落ちた。
「お、御祖父様っ!」
凛が駆け寄る。
「・・・もしもし。」
俺は即座に、携帯で救急車を呼んだ。
「・・・」
泰三が運び込まれた病院の、その病室の前。
凛は所在無気に立ち尽くしていた。
「・・・傍にいてやらなくて、いいのか。」
俺と、泰三自身の予測は、最悪の形で的中してしまった。
今夜が山、と言う医師の言葉には、少なからぬ諦観が込められていた。
「・・・私、御祖父様を怒らせてしまいましたから・・・」
「じーさんを、悲しませたくなかったんだろ?」
「・・・え・・・」
「死んでるんだな。小田清子は。」
「・・・」
やはり、そのようだ。
凛はただ、黙って俯いた。
「でもな。」
俺の口から、我知らず息が漏れる。
「依頼されちまったからな。」
「・・・?」
俺に向けられる、凛の問い掛ける様な眼差し。
「あんたが行ってやらないと、俺の仕事が終わらない。」
「・・・!」
凛は目を見開き。
ひゅっ、と息を呑んだ。
「あなた・・・一体・・・」
「探偵、さ。」
俺の応えの後。
凛は、暫く宙に視線をさ迷わせていたが。
「・・・」
やがて、意を決し、病室のドアを開けた。
「・・・」
泰三は、呼吸器を付けられたまま。
医師はただ、それを見守っている。
尽くせる手は尽くしたのだろう。
「・・・」
凛は、ゆっくりとベッドに歩み寄り。
「・・・」
泰三の手を取って。
「・・・”たいちゃん”・・・」
その時。
泰三の目が、うっすらと開いた。
「・・・」
それから数秒後。
泰三は再び、その瞼を閉じた。
今度は、二度と、それが開かれる事は無い。
それは、ベッドの傍ら、泰三の心拍を示す心電図の音が、起伏の無い電子音を長く伸ばした事で解かった。
が。
その寸前、俺は確かに見た。
泰三が。
唇の動きだけで。
き。
よ。
こ。
と・・・
凛を、そう呼んだ事を。
事務所にいた俺の携帯の呼出し音が鳴ったのは、それから数日、どうやら三村泰三の葬儀が終わったと思しき頃、だった。
”あの、探偵さん?”
「ああ。三村凛、さんか。」
”はい。”
「何の用?」
”あの、探偵料・・・”
「っつっても、俺、何もしてねーしな。」
”お惚けにならないで下さい。”
「・・・」
”・・・何故、解ったの?”
「三村泰三から預かった写真と、同じだった。」
”・・・同じ?”
「瞳の奥の光が、な。」
”・・・本当に、あなたは・・・一体、何なの?”
「だから、探偵、さ。」
”・・・”
小さな溜息。
その後。
”おいくら、お支払すれば?”
「だから、俺は何も・・・」
と、その時。
ドアのチャイムが鳴った。
「・・・やべ。」
多分、時期的に大家の家賃徴収だ。
”はい?”
「いや、こっちの話。」
確か、先月も居留守を使って滞納しちまって、合計が・・・
「・・・じゃ、10万。」
”え?あ、探偵料ですか?”
「うん。」
”随分、良心的ですのね。”
「そう?」
”では現金書留で郵送させていただきます。”
「ああ。」
ぴっ。
俺は、通話を切った。
「そうだよな。」
窓から見上げると、青空に細い雲がゆっくり流れて行く。
「”生まれ変わって”るんだから、当然、死んでるんだよ、な。」
明日もいい天気になりそうだ。
「・・・はいはいっ!」
未だけたたましく鳴るチャイムに気分をぶち壊された俺は、取り敢えず現金書留が届くまで待ってもらう交渉の為、腰を上げた。
[完]
以前のものに戻った感じ。
なんかもうね。
こんなんしか書けないよ。