Nicotto Town



「この女性を探して欲しい。名前は、小田清子だ。」

くすんだ肌の色。
むくんだ輪郭。
一代で財を成したミムラグループ会長と言えど、寄る年波には敵わないらしい。

「・・・儂はもう、永く無い。」

それでも、そこを覚ってる辺りは流石と言うべきか。

「だから、”その時”までに、彼女に一目会いたいのだ。」

「・・・」

俺は三村泰三の瞳を、真っ直ぐに受け止め。

「・・・随分、古いね。」

”嘘が無い”事を確認すると、渡された写真に目を落とした。
モノクロのそれにはモンペ姿に三つ編みの、十代後半と思しい娘の姿があった。

「70年近く昔の物だからな。」

「恋人?」

「・・・私は、そのつもりだった。」

つまり、初恋の人、と言う奴だろう。

「だけどさ。」

俺は少し気になって尋ねた。

「あんたくらい金と権力があるなら、何も俺に依頼しなくったって。」

「・・・君は、自分の能力を過小評価する癖があるようだ。」

泰三の肩が小刻みに揺れる。
笑っているらしい。

「”人探しは御前俊之に頼め”・・・その筋では有名だよ、探偵君。」

「・・・そうなの?」

まぁ確かに、今まで探して見付けられなかった人間はいないけど。
それは単に、依頼が簡単過ぎただけの事だ。

「・・・頼むよ。金なら幾らだって・・・」

「ま、金は見付かってからでいいよ。経費込みで請求させてもらう。」

「無欲な所も、噂通りだな。」

「・・・」

ひょっとしたら、俺に依頼した一番の動機は、そこなんじゃないだろうか。
何せ、これだけ事業を広げた経営者だけあり、有名な銭ゲバだ。





「あの。」

俺が三村邸の門を退出する寸前、背後からか細い声が聞こえた。

「御祖父様に、人探しを頼まれた方、ですよね。」

振り向くと。
二十歳前後だろうか。
ロングの黒髪が良く似合う、清楚な佇まいの女。
如何にも”深窓の令嬢”と言った出で立ちだ。

「三村凛、さんだね。」

「ど、どうして私の事を・・・!」

「今、三村泰三を”御祖父様”って言ったじゃねぇか。」

確か、泰三には娘が一人しかいない。
そしてミムラグループ傘下の会社社長から婿を取り、これまた娘が一人生まれた、と、週刊誌で読んだ事がある。
それだけの事を、そんなに驚かれても。

「流石、探偵さんですね。」

「で、何の用?」

「・・・御祖父様の依頼ですけど・・・」

凛は、暫く言い淀んだ。

「・・・」

俺は、彼女の瞳をじっと見詰め

「・・・小田清子を探すな、って?」

語り辛そうな本人の代わりに、それを口にした。

「・・・実は・・・そうなんです・・・」

これで解かった。
泰三が俺に依頼せざるを得ない状況にまで追い込まれたのは、彼女の意向で小田清子捜索が打ち切られたせいなんだろう。

「つまり、あんた・・・」

「凛っ!」

俺の言葉は、怒号に遮られた。

「お、御祖父様っ!」

ドアの前には、顔を真っ赤にして震える泰三の姿。

「やはりお前が、清子を探す邪魔をっ!」

「ち、違うの!御祖父様!」

「儂の遺産か!清子にも分与すると言い出すと思って・・・!」

「御祖父様!そんなに興奮したら、御身体がっ!」

「煩い煩いっ!可愛い顔をして、何と言う悪女だ!貴様の様な・・・!」

そこで。
泰三はうぅ、と呻き、胸を押さえて崩れ落ちた。

「お、御祖父様っ!」

凛が駆け寄る。

「・・・もしもし。」

俺は即座に、携帯で救急車を呼んだ。







「・・・」

泰三が運び込まれた病院の、その病室の前。
凛は所在無気に立ち尽くしていた。

「・・・傍にいてやらなくて、いいのか。」

俺と、泰三自身の予測は、最悪の形で的中してしまった。
今夜が山、と言う医師の言葉には、少なからぬ諦観が込められていた。

「・・・私、御祖父様を怒らせてしまいましたから・・・」

「じーさんを、悲しませたくなかったんだろ?」

「・・・え・・・」

「死んでるんだな。小田清子は。」

「・・・」

やはり、そのようだ。
凛はただ、黙って俯いた。

「でもな。」

俺の口から、我知らず息が漏れる。

「依頼されちまったからな。」

「・・・?」

俺に向けられる、凛の問い掛ける様な眼差し。

「あんたが行ってやらないと、俺の仕事が終わらない。」

「・・・!」

凛は目を見開き。
ひゅっ、と息を呑んだ。

「あなた・・・一体・・・」

「探偵、さ。」

俺の応えの後。
凛は、暫く宙に視線をさ迷わせていたが。

「・・・」

やがて、意を決し、病室のドアを開けた。




「・・・」

泰三は、呼吸器を付けられたまま。
医師はただ、それを見守っている。
尽くせる手は尽くしたのだろう。

「・・・」

凛は、ゆっくりとベッドに歩み寄り。

「・・・」

泰三の手を取って。

「・・・”たいちゃん”・・・」

その時。
泰三の目が、うっすらと開いた。

「・・・」

それから数秒後。
泰三は再び、その瞼を閉じた。
今度は、二度と、それが開かれる事は無い。
それは、ベッドの傍ら、泰三の心拍を示す心電図の音が、起伏の無い電子音を長く伸ばした事で解かった。
が。
その寸前、俺は確かに見た。
泰三が。
唇の動きだけで。

き。

よ。

こ。

と・・・
凛を、そう呼んだ事を。




事務所にいた俺の携帯の呼出し音が鳴ったのは、それから数日、どうやら三村泰三の葬儀が終わったと思しき頃、だった。

”あの、探偵さん?”

「ああ。三村凛、さんか。」

”はい。”

「何の用?」

”あの、探偵料・・・”

「っつっても、俺、何もしてねーしな。」

”お惚けにならないで下さい。”

「・・・」

”・・・何故、解ったの?”

「三村泰三から預かった写真と、同じだった。」

”・・・同じ?”

「瞳の奥の光が、な。」

”・・・本当に、あなたは・・・一体、何なの?”

「だから、探偵、さ。」

”・・・”

小さな溜息。
その後。

”おいくら、お支払すれば?”

「だから、俺は何も・・・」

と、その時。
ドアのチャイムが鳴った。

「・・・やべ。」

多分、時期的に大家の家賃徴収だ。

”はい?”

「いや、こっちの話。」

確か、先月も居留守を使って滞納しちまって、合計が・・・

「・・・じゃ、10万。」

”え?あ、探偵料ですか?”

「うん。」

”随分、良心的ですのね。”

「そう?」

”では現金書留で郵送させていただきます。”

「ああ。」

ぴっ。

俺は、通話を切った。




「そうだよな。」

窓から見上げると、青空に細い雲がゆっくり流れて行く。

「”生まれ変わって”るんだから、当然、死んでるんだよ、な。」

明日もいい天気になりそうだ。

「・・・はいはいっ!」

未だけたたましく鳴るチャイムに気分をぶち壊された俺は、取り敢えず現金書留が届くまで待ってもらう交渉の為、腰を上げた。






[完]

アバター
2015/02/23 09:34
いいんじゃない?
以前のものに戻った感じ。
アバター
2015/02/22 23:38
ご理解頂けないのを承知の解り辛い話。

なんかもうね。

こんなんしか書けないよ。



Copyright © 2024 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.