Nicotto Town



夢を歩みし君なれば

「はぁ・・・」

公園のベンチ。
昼食のあんドーナツを齧った口から、嘆息が落ちる。

「私・・・これからどうすればいいんだろ・・・」

上京して三年。
私こと鈴本美希は、夢破れた訳でも無い。
むしろ叶ってはいる。
しかし。

「アニメ声優って仕事が、こんなに厳しいなんて・・・」

現実は、私の上に重くのしかかる。




事務所の面接に受かった。
そこに所属した。
でも、ただ、それだけ。
仕事を貰うには、またふるいに掛けられる。
オーディションだ。
重要な役はほぼ決まっていて、サブキャラの声を、私と同じ様な有象無象が取り合うと言う構図。
オーディションに落ちても、何とか食い下がって、俗に言うモブキャラ、もしくはガヤと言った仕事を貰う事もある。
それもまた、ほんの一握りだ。
その一握りの中に入れたとしても。
”代名詞+アルファベット(通行人Aとか女生徒Bとか)”に高額なギャラを支払う程、アニメ業界は金余りな訳じゃ無い。
その数少ない報酬は私の手を飛び越し、事務所に直行。
給料は万単位行くのが奇跡、と言った経済状況。
その上、レッスンは自腹。
収入は支出を大きく下回る。
当然、バイトは不可欠。
だが、曲がりなりにも声優はタレント業だ。
更に言うなら、現代のアニメのキャラと言う奴は、一種のバーチャルアイドルの様な側面を持ち、我々はその中の人、な訳で。
つまり(準)アイドルが、水商売など以ての外。
自然、時給が安くて拘束時間の長い、割に合わない仕事をするハメになる。
運よく入った仕事。
一日の大半を費やすバイト。
さて、何処にオーディションを受けに行く時間があるでしょう?

「はぁ・・・」

もう一つ、溜息。
今日も長引いたバイトの為にオーディションに遅刻。
本来の拘束時間を大幅に過ぎ、慌てて着替える私に

『へぇ。オーディションねぇ。この仕事は腰掛けってワケ?』

『いいわねぇ。若い人は。』

『いい加減な気持ちで仕事して欲しく無いわねぇ。』

と、パートのおばさん連中(彼女らの前日のミスと重役出勤で私の仕事が延びたのだが)に嫌味を言われ。
五分遅れで到着した会場でも、スタッフに”やる気”を疑う厳しい言葉を浴びせられ。

「ああ・・・」

溜息一つ毎に幸せが一つ逃げる、と言うのなら、私は本日三つの幸福を失った。
折角就けた、憧れの職業。
やってられない、現実。
やっていけない、現状。

「私・・・」

いっそ、故郷に帰っちゃおうか。
・・・と、思った、その時。

とん。
とん。
とん。

軽快な、小太鼓の音。

「・・・?」

私はふと、視線を上げた。

「よってらっしゃい、見てらっしゃい。」

歌う様に、子供達に呼び掛ける、私より少し年上だろうか、半纏を着た、線の細い青年。
いつの間にやら、彼の周りには子供達の垣根が形成され。
そして・・・

「・・・!」

続いた光景に、私の目が真ん丸に見開かれた事を自覚した。

「それだーーーっ!」

「・・・え?」

迸った私の声に、青年が”仕事”を中断して振り向く。
子供達の注目を、一斉に浴びる。
でもそんな事、構っちゃいられない。
私は跳ねるように腰を上げ、青年に駆け寄り、そして・・・

「私を弟子にして下さいっ!」

・・・土下座はやりすぎだったか。






とん。
とん。
とん。

「ボクちゃん、嬢ちゃん、よっといで!御菓子を買いに、寄っといで!」

青年・・・名を、田口浩と言うのだが。
彼の、軽快な口上。
そして。

「さあさ、”ネズミの用心棒”始まり始まりぃ~!」

私は声を張り上げ、手元の画用紙をめくった。





「いやぁ、美希さんが来てくれてから、随分と売り上げが増えたよ!」

「いえ、そんな事。」

「流石、プロの声優さんだよね。」

「いやいやいや。私なんかまだまだで。」

とは言う物の、褒められて悪い気はしない。
荷台に紙芝居の台と紙芝居を乗せた自転車を引く手に力が入る。




そう。
彼、浩は、紙芝居屋だった。
本来、童話作家志望だった彼は、こうして自作を磨く方法を思い付いたのだと言う。
その成果かぽつぽつ出版社から声が掛かるようになった浩だが、”読者”と直接触れ合えるこの仕事が、何時の間にか辞められなくなって、もう三年にもなるのだそうだ。
主役、脇役、男、女、そしてナレーション。
全てを演じ分けつつ、正直な筈の子供達の目を惹きつける。
これは、私にとっても声優として、演技のトレーニングになる。
おまけに、見物料代わりの駄菓子の売り上げで、少ないながらも収入になる。
時間も比較的自由なので、オーディションに遅刻する事も無い。

「重いでしょ。やっぱり、僕が・・・」

「いいんです!私、弟子なんだもん!」

「でも、女の子に力仕事をさせるのは・・・」

「・・・」

「ん?どうしたの?」

「いえ。」

女の子。
そう呼ばれたのは。
そんなふうに、意識して貰えたのは。
一体、何年振りだろう。

『・・・勘違いすんな。私。』

今のは、浩の優しさから来る気遣いだ。
・・・そう。
浩は、優しいのだ。

「・・・昨日も、オーディションだったんだよね。」

「ええ。」

「合格、するといいね。」

こうして、さり気なく、私を励ましてくれている。

『出来れば、このまま、ずっと・・・』

いけない。
何を考えてるんだ、私は。
第一、これは私だけの感情でどうこうなるもんじゃないじゃない。
浩が、私を。
どう思っていてくれているか・・・

「でも、複雑な気分だよ。」

「え?」

「いや、さ。」

ふと、視界の端の(彼を真っ直ぐに見て居られる程、私も器用じゃないんだ。)浩が、はにかんだように、笑った。

「美希さんが有名声優になっちゃったら、こうやって一緒にいられなくなるから、さ。」

「・・・え?」

さわさわさわ。
向かい風が、私の髪を揺らした。
立ち止まった私を追い越し、浩が夕陽に向かって歩を進める。
影になった華奢な筈の背中は、何だか妙に、大きく見える。

「・・・あ・・・」

言葉が出ない。
言葉にならない。
ただ、私は。

「・・・」

腕にぐん、と力を込めて、自転車を引いた。






[完]




アバター
2015/04/30 22:35
紙芝居w
少し前は、子供に読んであげたよ(*^▽^*)
アバター
2015/04/30 20:23
私は少々、懐古主義者なきらいがある。

だから、時々、古き良き時代の、今は廃れた仕事や技術の方が合理的で素晴らしい物だったように思う事もある。

「紙芝居」は、むしろ現代にこそウケる娯楽である気がするが、どうか。



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